授業
 
 
 
 ジェンは授業をするため教室に向かって歩いていた。いつもより重い足取りで。 今日は初めてカシワが魔法学校特別塔の授業を受ける日だ。
 
 だから、カシワのために授業もいつものような授業ではなく、簡単なものにしなくてはいけない。暇になった者たちが、何かをやらかさないはずがない。
 
 そして最悪なことに、まともに授業を受ける生徒(パークス・チャーリー・ルピア以外)はなぜか今日だけ、欠席届けを出していていない日でもある。
 
 そう思いつつ、ジェンは覚悟を決めて教室に入った。
 
「うっ……」
 
 教室の中からは異臭が漂い、生徒たちは異臭から身を守るため自分の周りにベールを張っていた。臭いの原因を探してみると、やはりライアルとアンが不気味な色をした薬をかき混ぜていた。
 
「ライアル、アン、一体何をやっているんですか?」
 
 ジェンができるだけ静かに尋ねると、アンとライアルはにやりと笑った。
 
「あらジェン先生、私たちは今学校のためを思って一生懸命新薬の開発に励んでいるところなんです……ふふっ」
 
 アンが言った表向きはまじめな意見を聞きつつ、ジェンだけでなく周りにいた生徒も絶対に嘘だと確信した。その上、アンが自分に丁寧語を使うときは、碌なことがない。ジェンはただでさえ重い気持ちが、さらに重くなった気がした。
 
「では、その新薬とはどんな薬なんですか?」
 
 一瞬どう反応していいか迷ったが、できるかぎり先生の顔をしてジェンはアンとライアルに質問をすることにした。
 
「ああ、この薬は傷口に塗るだけで一瞬にして傷を治すことができる薬なんだ」
「でも運が悪いと逆成長しちゃうんだけどね……」
 
 アンが小声で言った逆成長ということは、怪我が悪化する、または変なものが生えてくる、という意味なのだろう。(つまりその薬は学校のためには絶対ならない薬だということになる)
 
「では授業を始めます。アンとライアルはその薬を捨ててきて下さい」
 
 ライアルとアンは不満そうな顔をしたが、他の生徒はどこか安心したような顔をした。
 
「今日は、初級魔法の練習をします。まずはコップに水を入れる魔法からです。特にライアルは威力を抑えてやり、アンはライアルが失敗してもすぐに対処できるようにしておいてください」
「ふふふ……気が向いたら対処してあげるわ」
 
 アンは少し笑いながら答えた。 ついでに言っておくと、ライアルは上級魔法をするのは得意だが、初級魔法が苦手だ。今日も運が悪かったらたぶんこの教室は水浸しになるだろう。
 
 ジェンは心の中でアンがまじめにと言うことを聞いてくれることを願った。
 
「安心しろ。もし失敗して怪我人が出てもさっき私とアンと作ったこの傷薬がある」
 
 やけに自信満々なライアル。
 
 しかし、全然安心できない。むしろ不安だ。
 
 そもそもなぜライアルは捨てるように言ったあの危険な傷薬をまだ持っているのだろうか。
 
「私たちにこの貴重な薬を捨てろということ自体が間違っているのよ。ふふふ……ジェン、諦めなさい」
 
 アンはいつも通りジェンの考えを読み、聞きたくなかったことを言ってくる。 授業は全く進んでいない。
 
「ライアルは気をつけて初級魔法の練習を始めてください」
 
 僅かに考え、ジェンはライアルとアンを無視して授業を進めるほうを先決した。
 
「はい」
 
 ごく一部の生徒は素直に返事をして初級魔法の練習を始めた。そう、ごく一部の生徒は。
 
「は〜い!!ジェン先生、どうせ水を出すんだったら、その水をペンちゃん達の部屋に送れるよう次元を歪ませても良いですか?」
 
 ジェンの顔が引きつった。サファイアが元気に手を挙げて言ったことを計算式にすると、次元を歪ませる=四界のバランスを崩す、ということになる。
 
 ペンちゃんがどんな生き物なのかは謎だが、ジェンは今すぐサファイアを止めなければならないということは分かった。
 
「もちろん、駄目ですよ」
 
 ジェンははっきりとした口調でサファイアに言った。
 
「え〜、別に問題はないでしょ〜」
「駄目です」
 
 急にため口になって反論をするサファイア。
 
 それを遮るようにジェンはもう一度断言をした。
 
「あのねサファイア、もし魔法で出した水をサファイアの家に送ったら、四界のバランスが崩れちゃうの。だからジェン先生は駄目って言ったんだよ」
 
 チャーリーの横に座っていたルピアがいつも通りの口調で、サファイアに説明をした。
 
「へ〜、そうなんだ」
 
 ルピアの言葉を聞いてサファイアは一応静かになった。
 
 その時、轟音が響いた。
 
  なぜかライアルの机で大爆発が起きたのだ。
 
 運がいいことに怪我人はいなかったが、教室中は見るも無残な状況になった。
 
「あ、やっちゃたな」
 
 爆発を起こしたライアルは大爆発を起こしたのにかかわらず、まったく悪気がない声を出した。隣ではとても面白そうにアンが声を出さず笑っている。
 
「って、おい!!なにしてんだよお前らは!」
 
 今日から初めて魔法学校特別塔の授業を受けることになったカシワは黙って授業を受けていたが、思わずつっこんでしまった。
 
「初級魔法の加減を間違えただけだ」
「ふふっ、それにいつものことだから気にすることじゃあないわよ」
「なっ……もしかしてここではこれが普通なのか!?」
 
 初めての授業がこんなことになってしまい、カシワは随分ショックを受けている。
 
「安心しなよ、この問題児二人組がいないときはこんなこと絶対に起きないわ」
 
 その様子を見て、リリーがすぐさま助け舟を出したが、ライアルがぼそりと、
 
「それとリリーがいないときはな」
 
 と付け足した。
 
「なんですって、このリリー様がなにか問題でも起こすって言うの?」
「ごめんなさい、なんでもありません」
 
 半分鬼と化してきたリリーを見て危険を感じたライアルは、すぐさま謝った。
 
「それでよし」
 
 満足そうなリリー。
 
「なんか呆れて怒る気も起こらないな」
 
 チャーリーは呟き、カシワは何かを悟ってそれに同意した。
 
「でも、今日はフレアも休みだろ。あいつも大分問題児になるだろう。次の時間は来るみたいだから楽しみだな」
 
 ライアルはニコニコ笑いながら言った。
 フレア少年は、妖界城での怪我が完治していないのだ。(つまり、彼は一応人間であるということだ)
 
「これ以上悪くなるわけ?!」
 
 カシワは白髪火種少年を思い浮かべた。彼の毒舌が何も影響しないはずがない。さらに、彼は短気だ。
 
「で、授業は?」
 
 ニコニコしながら様子を見ていたサファイアが口を挟んだ。慌てて時計を見ると、授業の時間はあと少ししかない。しかし教室がここまで破壊しつくされていると、このまま授業を続けることは不可能に近い。
 
 しょうがない、ジェンは諦めて生徒たちに教室の修復を手伝ってもらう道を選んだ。
 
「授業続行は無理なので、ライアルとアン以外の生徒は教室の修復作業を手伝ってください。それと、ライアルとアンは絶対に何か行動を起こさないでくださいね」
「別にいいだろ、何か行動し「よし!さっさと教室でも直すか」
 
 ライアルの声を遮ってチャーリーが言った。
 
「私いつもペットの家を修理してるからこういうことは得意よ」
 
 サファイアもまたライアルを無視するかのように一言言った。
 
「いつも修理しようとした家の半分は破壊しているがな」
 
 それを聞き、ついにパークスが口を挟んだ。
 
「「あれ?」」
「パークスいたの?」
「もしかして、お前影薄いのか?」
 
 何人かは驚きの声を上げていたが、アンとライアル、そしてサファイアは悪気がないのか声を上げて笑った。
 
「悪かったな!影が薄くてっ」
 
 ついにパークスは怒り、周りに魔力が集まってきた。パークスの魔力は弱いがかき集めれば、一つの教室を消滅させるだけの魔力は一応持っている。
 
「まあまあ、落ち着いてさぁ、皆悪気があったわけじゃあないんだから♪」
 
 慰めているのか、バカにしているのか分からないやけに明るい口調でサファイアは言った。
 
「はぁ……なんか出てくるたびに忘れられている気が」
 
 サファイアの言葉を聞いて怒りが完全に爆発し、魔法を発動させそうになったが、何とかそれを抑えてパークスはため息をついた。
 
「ホント大変だな、パークス」
 
 チャーリーは気の毒そうに声をかけた。
 
「そんなに影が薄いなら私みたいに明るく元気に生活したらどうよ」
 
 リリーは、明るく笑う。
 
「例えば、一日一つは何かを壊すとか?」
 
 またもや余計なことを言うライアル。まだ懲りていないのだろうか。
 
「ライアル何か言った?」
「いいえ、何にも言ってません」
 
 こぶしを握り締めるリリーを見ながら、またライアルは謝ったが、今度は許してもらえなさそうだ。 そして、ライアルがリリーの攻撃(愛の鉄拳ゴールド)を受けそうになったその時、教室の空気が一気に凍りついた。
 
「あのさ、僕は休んでいたんだけど」
 
 全員が恐る恐るドアのほうを見ると、そこには、妖界城での怪我で、休んでいたはずの白い髪の少年が立っていた。ただでさえ青白い顔は、いつもに増して蒼白で、口元はやんわりと弧を描いている。しかし、声は、氷点下まで下がっており、目は全く笑っていない。
 
(げっ)
 
 ジェンとアン以外全員の心の声が見事に重なった。
 
「そこまで、僕に休んで欲しくないのかな」
 
  教室の空気はますます重くなっていく。
 
 何とかこの状況から脱出しようと全員考えはしたが、今までのことを思い出すと言い訳が悲しいほど思いつかない。
 
 フレアの魔法から身を守る術のないカシワは完全に(思考も)固まっている。
 
「とりあえず、全員、静かになって頂こうかな」
 
  その直後、凄まじい氷風が吹き荒れた。
 
 
 
 
  忘れていたが、アンとライアルの作ったあの怪しい薬はというと、特別塔の医務室の薬棚にこっそりとアンが他の薬と一緒に並べておいた、という噂が流れているが、薬の行方は本人以外誰も知らないという。
 
 
 
 

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背景画像:空に咲く花