序曲

 エフィス共和国の国立大学。首都スカイハートの隅に聳える建物、歴史学院に、女の太い声が響いた。
「アンサラー遺跡が壊された? あんた、私が留守の間に何やってるの?」
 女は、古いオークの机をバシンと叩き、目の前の線の弱そうな男の首元を掴む。その声、その行動、その全てが、この由緒正しき大学院と、あまりにもかけ離れている。
「いえ、軍がやってきてですね……」
「片っ端からぶった斬ってやれは良かったじゃん。私にできて、先輩にできないはずが無いよ」
 女の腰には、一本の刀が下がっている。つまり、決して冗談ではないということだ。
 因みに、怒鳴りつけている様子は、先輩の相手をしているとは思えない。
「いや、俺は学者でね……」
「私も学者なんだけど?」
 女が首元を掴むのを強くする。ヒィ、と男は小さく悲鳴を上げ、裏返った声で尋ねる。
「エースは軍人でしょ?」
「軍は副業。あんなの本職になるはずが無いね。研究費稼ぎのためにやっているだけなんだから」
 女は軍を鼻で嗤う。そして、オークの机に積み上げてあった荷物を抱え、高らかに言った。
「とりあえず、私は共和国潰しに行ってくるから、暫く帰ってこないよ」
 女の口元に浮かぶのは、不敵な笑み。
「ちょっとって……」
 男は目を見開いて、女を見た。
「元からやり方が気に入らなかったんだよね。これ以上遺跡が破壊されるのも許せない」
 女は高らかに笑う。
「ということで、院のことは頼んだよっ」
 首元を離されて、よろける男を一瞥し、女は荷物と共に颯爽と部屋を出て行った。

 二人の剣士が出会う数ヶ月前のことだった。


戻る