Unnatural Worlds
番外編




 目の前の少年は、草原色の瞳を細めた。鋭利な眼光は、僅かな笑みを孕んでいる。
「ジェン、もし、この魔法学校に、言語統一魔法が掛かからなくなったら、どうなると思う?」
 少年、ライアルはそう尋ねた。
「混乱しますね」
 ジェンは、あっさりと答えた。
「混乱するだけではないだろう。言葉とは、世界を統べるものだ。もし、その世界を支配する言葉が共有されないとしたら、つまり、自分だけの物であるとしたら、世界の孤独を感じ、気を狂わせずにはいられないだろう」
 ライアルは、口元に朗らかな笑みを浮かべ(何だか腹立たしい笑顔とほぼ同義)、伸びやかに喋る。
「感じる方も、いらっしゃるでしょう」
 ジェンは、あっさりと返した。
「それから逃避することは、決して悪いことではない。一般に、逃避とは、実に悪い印象がある」
 ライアルは、壮大なる天を仰ぎ、全てを見透かすかのように笑う。
「しかし、それは逃避された方から見て、という話だ。横から見たら、走っているだけに見えるかもしれないし、本人は、前に進んでいるつもりかもしれない。そもそも、どこが前など最初から定まっていない」
 そう言って、ライアルは、空飛ぶ蜻蛉をその眼で捉える。一年の生命から逃げるように蜻蛉を。そして、小さな虫を捕らえたのを見て、笑みを深める。
 中庭の芝生に、場違いな漆黒のコートが映え、その横顔に浮かぶ、領主の笑み。緩やかな風を感じているのだろうか。その黄緑が、心地良さそうに細められる。
 ジェンは大きく息を吐いた。そして、目の前の少年を見据える。
「あなたが、よく考えていることは分かりました。魔法原理学は、テキストは字ばかりで、あなたにとっては苦痛かもしれません」
 ジェンは微笑んだ。それは、極上の笑みで。
「しかし、魔法原理学を無断欠席した挙げ句、昼寝とは頂けません」
 ライアルの顔か引き攣った。
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