Unnatural Worlds
番外編
「正義なんて存在しない」
サク・セイハイは、嘲りを僅かに含んだ笑みを、薄らと浮かべていた。
「今まで正義といわれたものの中で、真に正義だったことがあると思う?」
そう言って、目の前に置いてあるコーヒーを手に取る。暗々とした色に、その鮮やかな青を映し、フヨウの方に顔を向ける。
フヨウは、飲みかけのオレンジジュースの入ったグラスを、テーブルに置いた。
「そう思うかね」
口元に浮かべるのは穏やかな笑顔。口から発せられるのは伸びやかな声。
「本当に、貴殿はそう思うのかね」
夜の君主は、時代の刹那を笑う。そして、遠い闇に目をやって、見えないものに笑みを浮かべる。
雷の国の領主。領主会で紛糾する議論を盛り上げ、国防に身を捧げることだけが仕事ではない。
ライアルは、日曜の朝からエルフの少年の説教をしていた。ジェンに、仕事ですよ、と叩き起こされ、眠い目を擦りながら雷の国にやって来たのは、小一時間前。仕事は、ぐれた少年を説き伏せること。
やってきた少年の親に、自分でやれよ、とライアルが思ったことは言うまでも無い。しかし、断るわけにもいかない。
「正義正義、信用できない理由は分かる」
ライアルはそれほど年も変わらない少年を無理矢理座らせ、朝食抜きの所為で悲鳴を上げそうな腹を抑えながらも、それを悟られぬよう、はっきりと言った。
正義の戦争が、残していった深い傷跡。正義を語った氷の国の侵略。全てが、弱い立場の人々の命を奪っていくだけのものだったこと。
特に、今、どの国も、どの民族も正義を叫んでいる。年の近い少年の言い分も良く分かっていた。
しかし、雷の国の領主ライアルは、普通の少年ではない。
「自分の良心に真に従った行為が、正義だろ」
ライアルは、ゴンゴンと机を叩く。少年は呆れたような顔を向ける。一体何を今更綺麗事を並べ立てているのだ、とでも言うように。しかし、ライアルは、口元をぐにゃりと歪ませた。
「私たちが生きるこの時代はな、良いことするだけでも、勇気がいるんだ」
困った時代に、お前は生きなくてはいけなくなったようだ、と他人事のように微笑んでいた育て親。
この少年が何を思ってぐれているのかは、ライアルには分からない。しかし、ライアルにとってはそんなことはどうでも良い。
「この時代だからこそ、正義を語れると思わないか?」
雷の国の領主様は、にやりと不敵に笑った。