and The Cool Wizard
怒り

 火の国の片隅にある小さな家に戻ってきたのは、緋色の髪の女だった。しかし、彼女が扉を開けた途端、緋色の髪は明るい灰色に変わる。
 サク・セイハイは、相方が身篭ったから定住し(道中でアクティブな動きを繰り返すため)、さらに彼女の代わりに治安部隊の隊長を務めていた。姿を変える高度な魔法を使いつつ、任務をこなすのは至難の業。さらに、幻魔法も駆使して、剣を使っているように見せかけなくてはいけない。流石のサクも、それらをこなすのに、かなり辛いものがあった。
 だからこそだろう。
「あの馬鹿」
 サク・セイハイは、小間使いの少年だけしかいない家で、生まれて初めて暴言を吐いた。


 マラボウストーク(小間使い兼フヨウの弟子)は困っていた。
 サクは、優しいとは言い難いが、物腰穏やかな人である。怒ることはあっても(原因は絶対にフヨウ関連だ)、暴言を吐くことは無い。そんな彼が、引き攣った笑みを浮かべ、氷よりも冷たい声で、暴言を吐いたのだから、もうフォローのしようが無い。
 さらに、マラボウストークは、サクの気持ちがよく分かった。むしろ、これで怒らない方がおかしいぐらいだ。


 数時間前、フヨウは出かけていった。歩いて二時間ほどのところにある、首都に向かったのだ。当然、魔法嫌いなフヨウは、一人出歩いていった。道中で、盗賊なら何やらに会ったとしても、彼女の剣ならば、恐るに足りないだろう。
 しかし、今の彼女は「一人」ではないわけで……
「行ってくる」
 確実に激怒の域まで達しているサクを、マラボウストークには止める術が無かった。


 フヨウは、首都を歩いていた。サクに、家にいるように言われていたが、元々旅人の身、家にいれば鬱々とした気分になるのだ。そのため、気分転換に、首都までやって来たのだ。
 サクが帰って来るまでに帰れば良い。フヨウはそう思っていた。しかし、フヨウは見つけてしまった。
 穏やかに笑ってはいるが、目が全然笑っていない同居人の姿を。


 切れ長とは言えないが、細めの目は優しく細められていた。そのせいで、ギラつく眼光は鋭度を増していた。
「僕が言いたいことは分かるよね」
 いつもと変わらぬ穏やかな声。
「……悪かった」
 フヨウが謝ると、光が幾分か優しくなる。しかし……
「歩いて帰るとかは、無しだから」
 つまり、魔法で帰るということだ。
「行きには何にも遭わなかったよ」
「たまたまね」
 サクはさらりと返した。そして、自然そうに見える溜め息を吐いた。
「悪いけど、詠唱無しで、高度な変身魔法を使いながら、味方には幻魔法、敵には刀傷に見えるように風魔法使うのは、結構大変なんだ。僕はしがない魔法使いだから、今から道中、あんたを守れないんだ」
 頭が痛くなるような皮肉だ。絶対「悪い」と思っていないのは、当然のことだ。そして、しがない魔法使いに、こんな芸当はできない。
「私は魔法は嫌いなのだが」
「あんたの意見は聞いていない」
 間髪入れずあっさりと返される。優しい笑顔と穏やかな声が付属しているせいか、ダメージは甚大。
「悪かったから、悪いと思っているよ、私は! 心の底から。それに大丈夫だ。盗賊ぐらいならば……」
「強制送還」
 一々詠唱などいらないだろうに、呟かれた言葉は、彼にしては、妙に力が篭っていた。

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