and The Cool Wizard
龍の怒り

「まさか、こんなに早く孫ができるとはな」
「フヨウの方からは無いでしょうから、びっくりしました」
 どれだけ溺愛しているんだ、と言いたくなる程、痛い(勿論、相手が)嫌味を、サクはさらりと流した。
「御役目忙しい中、時間を割いて頂き、感謝しております」
 サクは、銀色の髪の赤ん坊を抱かかえながら、軽く会釈をした。
「堅くならなくても結構結構」
 そこに、目が笑っていない、などと言う程、サクは馬鹿ではない。それ以前に、サクはフヨウの母親は呼んだが、目の前でベラベラ喋る二人は呼んでいないのだから、むしろそちらを先に指摘すべきだろう。
「それで、フヨウは?」
「体調が優れないようで」
 反射か、と言いたくなるぐらいの即答。
「じゃあ、見舞いに……」
 ハロンが呟き、ロゼが戸惑いの声を上げ、ユンリが静止しようとしたその時だった。
「どういうつもりだ?」
 ハロンは、青紫の双眸を細め、サクにそう尋ねた。
 それは予想外の行動だったのだろう。
 ハロンの方に、鮮やかな青の刃が向けられていた。魔法である。それは、ハロンの心臓を狙っているかのように止められていた。
「フヨウは体調が優れません」
 赤ん坊を抱いた青年は、優しい笑みを浮かべていた。
「サクさん、あなたは……」
 ロゼが呟く。
 相手は龍族長。配偶者の父。嫌味を受け流すほどの思慮分別があるだろう青年にしては、考えられないような行動。それには、ユンリも呆然としていた。
 ハロンの口元を歪めたような笑みと、サクの優しい笑み。流れる僅かな沈黙。しかし、すぐにそれは壊れた。ハロンと刃の間に、大きな影が入る。窓から、人が飛び降りてきたのだ。
「サクッ、何事だ! 魔法を消せ! あの人が……あの人が……まさか……君が、あの人に魔法を向けるとは!」
 父親を庇うようにして立ち、必死な面持ちで懇願するフヨウに、ハロンは驚いたようだった。サクは、不快そうに目を細めていた。
 魔法が消える軽快な音がした。サクが魔法を消したのだ。今度は、フヨウが目を見開く。優しい微笑を浮かべたサクから、何読み取ったのか、バツの悪そうな顔をしながら、小さく言う。
「サク、悪かった。後で謝る」
 フヨウはそれだけ言うと、両親の方へ顔も向けず、ゆっくりと息を吐き、よろよろと力なく家の中に入っていった。それを見届けたサクは、三人の方へ顔を向けた。それは、先程までとは違う、一人の魔法使いの顔。それは、主にハロンに向けられている。
「僕は、力によって四界の支配を逃れたわけではありません」
 怜悧な魔法使いは、赤ん坊の薄い髪を優しく掻き分け、完璧な笑みを向けた。
 四界を創造した偉大なる四人を出し抜いた魔法使い。四界によって作られながら、四界を騙し続け、裏切り、背を向けた唯一の人間。力で四界に敵うはずが無い。彼の武器は頭脳と感覚。
「僕はフヨウを愛しているわけではありません。ですが、一番愛されている自信はありますよ」
 軽く流れるような声は、然も当然、というような響きを孕みながら、草原に消えていった。


「これは、実のところ、どういうことなんですか?」
 帰路でロゼがハロンに尋ねる。
「ロゼ、お前は、フヨウは俺を庇ったと思うのか?」
 ハロンは笑っていた。
「サク・セイハイは、俺に魔法を向けていた。だが、俺は奴に即死するぐらいの魔法を密かに当てていた」
 ハロンは天を仰ぎ見る。
「仮病を使いつつ、心配で窓からでも見ていたんだろうな。俺が魔法を向けているのを見て、一気に血の気が引いたんだろう。帰り際のあの様。あの男が危険な目に遭っているのを見て、相当堪えたらしい。しかし、可愛らしいじゃないか。お互いを庇いあって」
 満足げに笑うハロンに、冷やかな声が降りかかる。
「甘いですよ、ハロン様」
 ユンリは、にやりと笑った。
「あなたは乗せられたのです」
 ハロンとロゼは目を細めたが、ユンリは構わず喋り続ける。
「全てはサクさんの策略です。私たちの目の前で、自分が一番想われていることを証明したのですよ。大体、ハロン様の痛い嫌味もさらりと流すような者です。魔法を向けたのも、意図があったとしか思えません」
「つまり、俺たちがついて来て、魔法を向ければ、自分が魔法を向けられることを見越していたということか?」
 ハロンが尋ねる。
「フヨウは何も知らないようでしたから、フヨウが助けに来ることを見越していたのでしょうね。だから、態々家の前を指定した」
 暫く、沈黙が走った。
「可愛さの欠片も無いな」
 ハロンのぼやきは、三人の抱いた感想でもあった。配偶者の家族、さらなは配偶者まで利用する男。人を傷つけず、自分の地位を確立するのは素晴らしいが、正直、狡猾である。
「こんなに頭の回る人ならば、フヨウは太刀打ちできないでしょうね……あの子は、救いようの無い馬鹿ですから」
 ユンリは遠い目をした。血縁者に、こんなに馬鹿な者がいて、サクにやり込められないはずが無い。


 フヨウはハロンを庇ってなどいなかった。
「サク、私は心配したんだ。何をするんだ。あの人は、人殺しだって簡単に……」
 彼女にしては、珍しいほど声に波がある。サクではなく、ハロンを取ったと勘違いされていないか、心配で堪らないのである。キナは眠っている。サクは黙って話を聞いていた。それがまた、彼女を不安にさせたのだろうか。ついに黙り込んでしまい、夜の君主の堂々たる立ち振る舞いはどこにやら、サクの表情を恐る恐る窺う。
 しかし、そんな心配は無用。
「フヨウ、助けてくれてありがとう」
 サクは、勝ち誇ったような笑みを端に追いやりつつ、優しく笑って、フヨウの緋色の髪を撫でた。


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