アルテミア・セイレーンは暇であった。
過酷な過去を背負いながらも、アルテミアは一々そのようなことを気にしない人間だった。妖界王に誘われ、妖界城に部屋を与えられた。アルテミアは、故郷に思い入れがあったわけでもなく、ただ辛い経験をした自分の世界から連れ出してくれた妖界王に感謝していた。
アルテミアは、一つに束ねられた、透き通るような金髪を、背中に押しやった。漆黒のカップに、紅茶を注ぎ込む。穏やかな水面を眺め、漂う水を楽しむ。
そのとき、行き成り扉が開き、黒く光る球がいくつか飛んできた。上級の闇魔法である。アルテミアは、水流を起こし、その黒い球を勢いで押し返した。
自分が得意とする水魔法が、攻撃に特化された闇魔法とまともに渡り合えるはずがない、とアルテミアは考えた。
廊下で爆音が響く。アルテミアは、水を全て消すと、扉の前に立っている少女を見た。
アルテミアは少女を知っていた。妖界王に紹介して頂いた、妖界第二王女、アン姫である。
兵士の中では、「Cool Fire」の異名で恐れられる、優秀な戦士である。しかし、彼女が恐れられる理由のほとんどは、見事な傍若無人振りで、ストレス解消に目に入る兵士を襲うことなのだが。
紅い髪は長く、顔立ちは綺麗だ。アルテミアは溜息を吐いた。面倒なことになるだろうことを、アルテミアは確信した。
すぐに、また別の闇魔法が飛んでくる。アルテミアは、再び水流を使い押し流す。
しかし、黒い影が水流の上を飛んだ。すぐに衝撃が体を走る。
アルテミアが体を起こした時には、既に誰もいなくて、荒れた部屋だけが残されていた。
アルテミアは再び大きく溜息を吐いた。
それから数週間後、アルテミアは紅茶用の湯を沸かしていた。
最近持ちきりのニュースと言えば、アン姫についた騎士の話である。気が遠くなるほどの年月の間、アン姫は従者などをつけなかった。
どれほどの人物かと思うが、話によると、戦うことのできない少女らしい。
今までに、アンさんの部屋に入ろうとして生きて帰った者はいなかったが、彼女は数日間生きているらしい。しかも、いつもアン姫に付きっきりなのだ。
アルテミアは、穏やかに燃える炎を見た。「Eastern Cool Wizard」と呼ばれる少女に、アルテミアは興味がないわけでもなかった。魔法も使えない少女。アン姫は弱い者を嫌っていたはずだった。
外から兵士の騒ぎ声が聞こえた。アルテミアは一般の兵士ではなかったが、兵士と仲が悪いわけではなかった。兵士達の馬鹿さ加減に苛立つことも有ったが、アルテミアは喋れないわけで、そのような思いが兵士に知られることはなかった。
お湯も中々沸騰しないので、アルテミアは立ち上がり、部屋から出た。すると、自分とさして変わらないぐらいの少女が走ってくるのが見えた。黒い髪に黒い目に黒いインナー。羽織っているジャケットだけが唯一の白である。
アルテミアは、すぐにこの少女が噂の「Eastern Cool Wizard」だと悟った。後ろには兵士。アルテミアは、噂の「Eastern Cool Wizard」を、兵士たちが目の敵にしていることは知っていた。何しろ、憎きアン姫の寵愛を受けている者なのだから。
少女はアルテミアの前を通り過ぎる。随分必死なようで、自分には気付いていないらしい。
アルテミアは廊下の前に立ち、兵士たちに向けて水流を起こした。
アルテミアは、少女と喋ること数分、「Eastern Cool Wizard」が何故アン姫に好かれるのかが理解できた。
この少女はとにかく頭の回転が速く、聡明であった。そして、礼儀正しいのだ。何も言わずとも、自ら考え、最前の道を選ぶ。こちらの気遣いもすぐに気が付く。
すぐにアン姫が迎えに来た。かなり怒っているようで、気配が丸出しだったこともあり、アルテミアは姿を隠す余裕があった。意味がないことは分かっていたが気休めである。(再び魔法合戦など、アルテミアは願い下げである)
アン姫はやはり自分に気付いたが、やはり興味の対象は「Eastern Cool Wizard」のようで、夕食と言って出て行ってしまった。
最後に、「Eastern Cool Wizard」は慌てながらも、一言礼を言って出て行った。
アルテミアは薄らと微笑んだ。