Moderato


 ジェンたちは、タイラールのカフェで時間を潰すことになった。ライアルは海を見ているらしい。
「何を頼みますか」
 木でできた席についてから、ジェンはメニュー表を取った。
「何これ、ヒューマンズブラッドって……」
 リリーがすぐに広げ、びっしりと並ぶ文字の中から、真っ先に見つける。
「人の血ですね」
 ジェンがさらりとそう答えると、リリーは不快そうに目を細めた。
「何故、これがメニュー表の一番上に載っているのかを知りたくないな」
 カシワが言う。そう、このびっしりと文字の並ぶメニュー表の、一番上に記載されているのだ。
 流石妖界。納得はできるが易々と受け入れられるものではない、とジェンは思った。
「よく見てみると、怪しいものが多いわね」
 リリーが更に、文字をたどっていく。
「ふふっ、こういうのはどうかしら。タイラール名物海水ジュース」
 ふと、アンが真ん中よりも少しした辺りの文字を指差した。
「案外普通じゃない。美味しいの?」
 リリーが尋ねる。すると、アンはいつもの不気味な笑みを浮かべたまま答えた。
「ふふっ、多分美味しいわよ。滑らかな喉ごし。新鮮な汲みたてしか出しません、って書いてあるわ」
「汲みたてって……」
「さっき、店に入るとき、港の海水をバケツ使って引き上げていた人を見たわ……ふふふ」
 どこまでもアンである、と皆が思った。アンが勧めた物には碌な物はない、ということは最早定義化している。
「貴女以外の人間が飲めば、腹痛を起こすことは確実です。頼まないように」
 ジェンは有り得ないと思ったが、一応言っておいた。何故なら、緋色の髪の某少年など、未だにアンの勧める物を怪しいと知りつつ飲み食いし、酷い目に遭ってもまだ懲りない人がいるからである。