鮮やかな金色の髪を高く括り、派手な装いをする男の背には、大きな弦楽器。鋭いのか分からない瞳は深みを持った青で、肌は透き通った白さを持っている。艶やかな美しさを持ち、戦う者には見えない男が、ダイに引けを取らぬ氷使いであり、一流の暗器使いであることを、妖界王は知っていた。
この男を戦わせれば、ダイは歯が立たないだろう。実際、立たなかったのだ。おそらく、この男はアンと互角に戦える程の強さを持っている。妖界王はそう思っていた。
しかし、今は、そのようなことは、全く関係ない。
「ライアルちゃんと、フレアが来たらしいな」
男は、玉座の間まで無傷でやってきていた。そして、欠伸をしていた妖界王に、さらりと言った。
「ハリネズミ、氷原の翼、アン、ランゴク……仲良くいらしたよ」
妖界王は、嬉しそうに笑った。
「殺さなかったんだな」
男は、爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「なかなか面白いことになっていてね」
妖界王も笑う。すると、男は笑みを浮かべたまま、溜息を吐いた。
「夜の君主がお亡くなりになった辺りから、魔界はおかしくなってしまった」
僅かな余韻の残る声が、玉座に響いた。
「元からだよ。四界は昔からずっと不自然だった」
妖界王は、さらりと言った。
「私は、この妖界を愛しているよ。たとえ、不自然な世界の一つだったとしてもね」
妖界王の言葉に、男は何かを悟ったかのように笑った。
「四楼は、四界を利用しようとして利用されている。しかし、幸運なことに、あの才がもう一人に受け継がれることはなかった」
妖界王は、余裕の笑みを消さずに尋ねる。
「ハリネズミに、四楼を殺させる気かな」
「ああ、そうだな。四楼は邪魔だ。あと、ライアルが殺し損ねた空の一族。名前は、確かジェンだな。ああ、夜の君主に敵対するであろう者は、全て潰すつもりだ」
鋭く細められた所為で、影が増したのに関わらず、鮮やかな青は爛々と輝く。そして、口元はぐにゃりと歪み、不気味な笑みを作る。
「殺し損ねた……か」
妖界王は、それを軽く笑った。
「そういえば、変な組織を作っているらしいではないか。もし、ハリネズミが、彼に危害を加えることがあればどうするのかな」
「ああ、その時には、死んで貰うよ」
男の笑顔は変わらない。冷たくもないのに、不気味な眼光と笑みを持っている。
「ただ、ライアルには、君主様の後を継いで頂かないといけない」
その言葉に、妖界王は、大袈裟に手を広げた。
「ハリネズミも哀れなものだね。ある者は完璧な剣であることを望み、ある者は夜の君主であることを望み、ある者は平穏を望む。しかも、命も危ない」
妖界王の警告染みた言葉をも、男は爽やかに笑って流した。そして、尋ねる。
「ところで、ダイは?」
「下だ。処理は任せる」
妖界王がそう言うと、男は目を輝かせた。ありがとう、と軽く礼を言い、玉座を後にする男に、妖界王は、にやりと笑いながら見送った。
そして、誰もいなくなったはずである玉座の間で、独り言にしては大きな声で高らかに言う。
「愚かだ。いつまでも、あれが、剣として鞘に収まり、夜の君主の御子で、歩む道が、あれを苦しめずに済むと思うのかね」
妖界王は、言葉を切り、ゆっくりと息を吐いた。
「くだらない。そう思わんか、レイリア」
妖界王の視線の先には、黒い髪の美しい女性がいた。艶やかな衣に身を包み、妖艶な笑みを、妖界王に向けている。
「あれは、運命も神も存在しない世界で生きている。あの話をする時に、あいつは、自分で選んだ道だということを前提として、話をしていた。あいつの人生に、神も運命も入る隙はない」
妖界王は、謳い上げるかのように言って、最後に、一言付け加える。
「下らん」
妖界王は、その端麗な顔立ちに、嘲りを含んだ不敵な笑みを浮かべる。
「誰もが、あなたのように、縁のある者と重ねないでおくことができるわけではない、ということ」
女は、淡々と言った。
「だから、そんな下らないものは皆殺しにして、妖界だけにしてしまえば良い」
続けられた言葉に、妖界王が目を細める。
「駄目だ。三十年の短い命を駆使して、夜の君主は四界と戦い続けた。あれが、四界に勝った、その証拠を見てみたいと思わんのか。大体、お前はそんなことを言って良いのか? ゴースト(四界を見守る者)だろう」
女は、聞いていないような振りをする。そのわざとらしい態度を、妖界王はさらりと流した。
「四界に宣戦布告したのは、夜の君主が初めてだ。四界が、最初に宣戦布告する者は、誰になるだろうね」
妖界王は、明るく笑う。
「買被り過ぎだ」
女は、感情の無い声で言った。
「間違えていたよ。ライアル・セイハイは、四界に宣戦布告されていたね。戦いは始まるだろう。さぁ、どちらが勝つか」
妖界王の言葉が玉座に響いた丁度その頃、妖界に、微かな日の光が差し込んだ。