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エフィス帝国で革命が起こり、エフィス共和国になって三百年。
世界初の共和制で力をつけたエフィス共和国は、周辺国を次々と併合し、また民主化していった。
そんな巨大帝国に、最後まで抵抗したのは、隣国、シナギ王国だった。
広大な草原で覆われた国土と、多くの遺跡を持つシナギ王国が、エフィス共和国シナギ自治区になって十数年。
一人の若者が反旗を翻し、シナギ自治区の独立を目指す者たちが集った。
彼らは「シナギ解放軍」と名乗り、若者は軍公と呼ばれ、シナギの人々の期待を背負った
。
そんなシナギ解放軍の人間が住む、シナギ城に、一人の使用人がいた。名前はエース・アラストル。エフィス生まれ、エフィス育ちのエフィス人である。
価値無き者
鳴り響く警報の中での出会い
城はまるで揺れているようだった。人々が駆け回っている。皆必死である。その中にあって唯一、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべながら走る少女がいた。バレッターで留めた銀髪は荒れ放題。ブルーグレーの瞳は、何故か異様に生き生きとしている。
自分の姿を見つけたのか、走ってきた少女は、僕に向かってこう言った。
「ちょっとそこの青年っ、共和国軍どっちから入ってくるか分かる?」
腕捲りをして、今から攻め入ってきた共和国軍と戦います、と前身に書かれているような少女は、ワンピース姿。どこから見ても、使用人。いくつかのことに驚きながらも、僕は穏やかに笑った。
それが、僕と彼女のファーストコンタクトだった。
城の地下にあるギャンブル場。私は、そこでいつものようにイカサマ(決してトランプではない)を楽しんでいた。脳味噌筋肉しかない兵士たち(悪いのは脳だけだけど)に、私のイカサマが見破れるはずがない。私は高笑いしながら、正当な方法で兵士たちから金を巻き上げていた。
そこに突然届いた報せ。それは、私の待ち望んだ、共和国軍襲撃の報せだった。静まり返った酒場で、私は歓喜の声を上げる。
「ついに来た」
私は一目散に酒場を飛び出した。途中で兵士たちの声が聞こえたが、華麗に無視だ。私は廊下を駆け抜ける。
共和国軍が正門から攻めてきたとは思えなかった。この城には、外部入り口が多数存在する。偶然それを見つけた誰かが、軍に通報したに違いない。
よって、どこから敵が攻めてきているか、ということは極めて重要なことである。訊くとしたら、駆け回る城の人々よりも、冷静な人間に尋ねる方が手っ取り早い。私は、階段を駆け上がり、城の上の階へ登る。
最上階に行く階段は、広間を通らなければいけないらしい。私は広間を突っ切る。中々目ぼしい人間が見当たらない。階段が見つからず、広間と廊下を右往左往していると、いかにも豪華な扉が開いた。広間の正面に佇む扉の先には、冷ややかな目で周囲を見る青年がいる。
「ちょっとそこの青年っ、共和国軍どっちから入ってくるか分かる?」
そう尋ねれば、青年は一瞬目を丸くしたものの、すぐに薄らと笑った。
「地下から、って聞いてる。エフィス共和国の首都、スカイハートに近い洞窟と繋がっているはず。良かったら一緒に行く?」
相変わらず、青年は笑みを絶やさない。私は直感的に、かなりの曲者だと感じ取る。
「あんた戦えるんだよね」
腰に刀が刺さっているものの、体つきは華奢な方だろう。比較対照が、厳つい大男ばかりだから、世間一般的にどうかは分からないが。
どちらにしろ、鮮やかな青のコートに、藍色のズボンは、シナギ特有の厚い生地だから、そこまではっきり分からないといえば分からない。
「それなりには……そう言う君は?」
「私の心配している暇あったら、自分の心配しなよ」
そう言って私は走り出す。刀ならば自信がある。私は、走りながら腰の辺りにある紐を解き、コートの裏に結びつけてあった刀を取る。黒い鞘に入った刀。鞘を括りつけ、混乱している人々の中を、全速力で駆け抜ける。
「剣士だったんだ」
意外、とでも言うように、追いついてきた青年は笑う。
「そう、私は戦う使用人。軍の使用人は刀も使うよ」
私はにやりと笑い返す。青年は鼻で笑う。階段を駆け下りる時にふと横を見れば、鳶色の髪の隙間からは笑みが覗いていた。
「もうすぐ地下」
青年の言葉に、私はさらに走るスピードを上げる。漸く戦えるのだ、と思えば自然と気持ちは高揚する。
勢い良く、地下への扉を開ければ、そこには、純白の制服に身を包んだ兵士たちが、ずらりと並んでいた。見た感じでは、エフィス共和国第三師団の部隊だ。第三師団には、知り合いがいないはずだから、安心である。(いたとしても、どうってことないけど)
「セーレ・アザトスだ。捕えよ」
青年の名は、セーレ・アザトスと言うらしい。私は、どこかで聞いたことがある気がした。しかし、青年の名前なんてどうでも良い。
襲い掛かってきた兵士たちに、私はにやりと笑い、刀を抜いて応戦する。青年と自然に背中を合わせる。この人数であれば、それが最も賢い選択だろう。
「頼んだよ、月牙」
愛刀月牙に軽くキスして、切りかかる。下級兵ならば、三人ぐらいは同時に相手ができる。致命傷を手早く与えながら、軽く後ろを見やれば、青年は漆黒の刀で戦っていた。狙いは的確で、かなりの腕前だということが分かる。
すぐに鉄の臭いが漂う。半分ぐらいは倒しただろうか。
「待て」
怒声が響き、兵士の動きが止まった。戦っていた兵士を切り捨て、随分減った兵士を見る。
「あの女……エース・アラストル上級兵ではないか……」
静まり返った空間で、私は思いっきり舌打ちする。本当はそんなに悪い気はしなかったが、何故か盛大な舌打ちをしたくなったのだ。
「そう。私は、元エフィス共和国第一師団所属上級兵、エース・アラストルだよ」
私が堂々とそう言えば、ざわめきが起こる。嫌なざわめきではない。私は有名だったらしい。
「何故、共和国兵が……しかも、あの第一師団で……」
「自分の胸に手を当てて、よく考えてみろ、この能無し馬鹿野郎共が。私を敵に回したしたことを、後悔するがいいさ」
そう、この私を手放したことを後悔すれば良い。今更、後悔しても無駄なのだが。私は乱れた銀髪を血塗れの手で払いのける。
「エフィス共和国は、私がぶっ潰すって、決めたんだ。因みに、私はいつも有言実行」
私はそう言い放つと、月牙を持って、兵士の中に突っ込んだ。流石に、一気に三人以上は結構大変だ。足技も繰り出しながら、容赦なく撃破していく。
「せめて、人数差ぐらい考慮に入れるべきだと思うよ」
すっと耳元に流れてきた青年の声。刀と刀がぶつかる音。自分の刀の音ではない。
「人数差は、気合と根性で補う」
そう言い返しながら、兵士の喉を斬る。血の飛沫を浴びながらも、すぐに月牙を振るう。
「助けて貰って、お礼もないわけ?」
「青年、感謝する」
たまに視界の隅に入る鳶色。視界は月牙を動かす度に紅に染まる。最後の兵士を斬れば、残ったのは、おそらく第三師団、先発部隊長である人。
「お前は、エフィスの人間だろう。何故、自治区と成り下がったシナギに……」
「理由? それは簡単。エフィスがシナギと敵対してるから。エフィスの邪魔をするのが、私の生きがいだよ」
そう言って、私は月牙を大きく回した。紅が飛び散る。士官学校を出て、すぐに隊長になった者などに負けるはずがない。私はマントの中から細い布袋を出し、刀を入れ、腰に括りつけてある鞘についた紐を解き、布袋を縛った。人の気配はない。
「良かったね。第一師団から第十師団まで、ほとんどの兵士が、スカイハートから出払っていて」
振り返れば青年は、マッチを取り出し、死体の山に火をつけていた。急いで城への入り口に戻る。死体とともにここでお陀仏など、絶対に嫌である。
青年は薄暗い中、笑みを零していた。不気味である。しかし、すぐに扉を開けてしまう。
「相変わらず、馬鹿な国だね。師団を撤退させて、一気に攻めて来れば攻め落とせたのに」
赤々と燃える黒い影を一瞥して、私は通路を後にした。罪悪感など欠片もない。これは戦争だ。
隣を見れば、青年は、重い扉を閉める、扉の隣の窪みにある、レバーを下げた。轟音がする。それは、明らかに目の前にある扉の向こうで、大きな石が動いた音だ。
「あの死体、潰れたよね」
別に殺したことに罪悪感は覚えないが、死体となった後、燃やされ、更に大石の下敷きになったかと思うと、不憫な気もする。
「運が悪かったんだよ」
鳶色を緋色に染めた血塗れの青年は、異様なほどさわやかに笑った。
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