Unnatural Worlds

雷鳴の領主

005

 肉片も骨も残さない。それが、ライアルの魔法。
「それにしても、派手にやりましたね」
 元々不毛な大地だったのに関わらず、ライアルの所為で、焦げた臭いも混じり、更に殺伐とした雰囲気がしている。そんな大地の上を歩くこと数時間。
「保存食があって助かったな」
「貴方は……本当に神経太いですね」
 ライアルは、先程食べた甘味のおかげで、上機嫌だ。ライアルには、ジェンがそれを遠慮した理由が分からなかった。何故か呆れたような顔をしている。
「妖界で連絡つきそうな奴いるか?」
 魔法学校の面々は、一応連絡をつけることができるようにしている。ただし、範囲の制限がある。
「サリーは向こうからしてこないところを見ると、この近くにはいませんね。アンは論外です」
 姉妹の扱いの差は甚だしい。
「サファイアは? 最近見ないから、妖界にいるんじゃないか? 帰省する、とか言っていただろう」
「駄目です。この状況で、サファイアの奇行を許すことはできません。あと、サファイアは、無断欠席です」
 無断欠席、という言葉があるのだから、欠席は断りがいるのだろう。ライアルは、覚えておこう、と思った。因みに、ライアルが魔法学校に入学して、既に二年が経過している。
「他に妖界人の奴はいたか?」
 ライアルは、ジェンの顔を見た。ジェンは、困ったように首を傾げる。もう、思い当たる人物はいないのだろう。
 ライアルは、困った、と思い、最終手段であるサファイアと連絡を取ることが頭を過ぎった時だった。
「おい、お前ら」
 背後から、何処かで聞いたことがあるような気がしない訳では無いが、他に特筆すべき点が何も無いような声が響いた。
 ライアルとジェンはほとんど同時に振り返る。
「あっ、パークス、探していたんだ」
 ライアルは大袈裟に言った。悪気はない。
「嘘だろ。明らかに僕の存在を忘れていただろう」
「いいえ、そんなことありませんよ」
 ジェンは優しく微笑んだ。しかし、全てを聞いていたパークスにとって、痛々しい以外の何物でもないことは、明瞭である。
「ジェン、僕は、妖界に用事があるから、一週間ぐらい授業に出ないと言ってあったはずだ。何故、名前が挙がらない?」
「すみません」
「あはは、やっぱり影薄いな、お前」
 人は心底申し訳無さそうに言ったが、ライアルは他人事のように笑った。実際他人事だと思っているからだ。ちっとも悪いとは思っていない。
「ライアル、今度、魔法学校の五階から突き落としてやるからな」
 パークスは恨めしげに吐き捨てたが、ライアルは笑った流した。五階から突き落とされたぐらいで、ライアルは死なない。
「ところで、何故、パークスはこんなところに?」
 未だにケラケラ笑うライアルを咎めもせずに、ジェンはパークスに尋ねた。
「アンから連絡が来て、ここへ行け、と。あいつの言うこと聞かないと、何されるか分からないだろう」
「瞬間移動の失敗も、アンの仕業か?」
 笑っていたライアルが、呆れたように呟く。しかし、ジェンは、堅い表情を変えなかった。
「それはありえません。瞬間移動というのは、体を一旦原子に戻してから、魔力によって再構築するのですから、他人が干渉できる類の魔法ではありません。ところで、ライアル、授業を聞いていましたか?」
「魔法原理学か? あれは、教科書が字ばかりだから、聞いていない」
 ジェンは額に手をやった。ライアルは、それを軽く笑って流した。
 ライアルは、字が読めない。そして、当然のことのように、悪いと思っていない。授業をサボる口実だからである。
 そんなジェンとライアルを見ながら、パークスが口を開いた。
「瞬間移動に失敗した? 僕は何とも無かったぞ」
 パークスは、訝しげに目を細める。
「何があったのでしょうか」
 ジェンの溜息と共に吐き出された言葉は、妖界の灰色の雲の中へ消えていった。


 一通り事情を聞いたパークスは、首を捻った。
「あの時は、アンの方から一方的に連絡が来たが、そういうことだったのか」
 何が楽しいのか、ライアルたちは、日曜日の朝から、妖界の町の一角の喫茶でお茶を飲んでいた。因みに、喫茶店の内装は、死んだ蛇やら何やらがぶら下がっていて、趣味が良いとか悪い以前の問題だった。スザクが文句を言うのも、当然のことであるのだが、いつ襲われるか分からない妖界の街角で立ち話をするのも如何な物かということで、趣味の悪い喫茶で話をすることになったのだ。
「大丈夫でしょうか」
 何も頼まなかったジェンは、意図的に目を伏せつつ、弱弱しく言った。蛇やら蜥蜴やらがぶら下がっている店内は、ジェンにとっては地獄に等しい。
「サリーが死にそうな顔をしているそうだ」
 パークスは、影は薄くても妖界人であるため、ジェンとは違い、そう言った後、頼んだコーヒーをごくごくと飲んだ。
「大丈夫だ。平常だな、平常」
 明るいライアルとは対照的に、無理矢理ついて来て貰っていたジェンは、申し訳無さげに溜息を吐いていた。アンと二人きりになってしまったサリーに対する、同情と謝罪は、計り知れない。
「サリーには同情するが、この二人は世界一つぶっ壊れない限り死にはしないだろうから、一先ず置いておこう」
「むしろ、壊しそうだな。アンが」
 ライアルは、げんなりしているジェンを無視して、軽くそう言ってから、僅かに声の質を変化させて続けた。
「瞬間移動失敗に対して、我々に問題があるとは思えないし、思いたくもない。そうなると、考えられるのは外的要因。今回の瞬間移動に関わった、世界、妖界、魔界、四界の狭間の何れかに問題があるということになる」
 ライアルは、空になったココアのカップを、テーブルに置くと、わざとらしく、指を四本立てた。
「世界は、元々魔力自体が少ないから、問題外だ。妖界にあるとは思えない。もし、妖界に問題があるのならば、妖界全体に掛かっている魔法、たとえば、言語統一魔法とか、妖界内からの瞬間移動停止魔法に支障が出るはずだ。魔界というのも考え難い。もし、魔界であったならば、こんな妖界の辺境に飛ばされることはない。そう考えると、四界間が不安定になっているということになり、ある人物との関係が明らかになってくる」
 ライアルは、草原色の双眸を細め、にやりと笑った。
 四界の狭間に関わる者は、この世にただ一人。
四界の狭間を統べる者四楼キナ
 ライアルの姉であり、ジェンの師である女性の名が、薄汚い妖界の喫茶店の一角で、静かに響いた。


 妖界といえども、異世界と繋がる場所がどこにもないわけではない。しかし、ライアルたちは、これ以上移動して、らなる辺境に飛ばされても困るので、瞬間移動はしなかった。その代わり、姉に連絡を取るために、町の異世界間連絡所に来ていた。
「繋がらん」
 ライアルは、奇妙な形をした水晶の前で、堂々と胡座をかいていた。そして、そう吐き捨てると、子どもではないんですから立ってください、と言うジェンを睨みつけた。
「あなたが繋がらないのならば、僕も無理でしょう」
 ジェンは、困ったように笑った。ライアルは、水晶の前で座り続けていた。
『スザク、帰れないの?』
「ちょっと待て、スザク……おい、リース、落ち着け。何言っているか分からない」
 ライアルの言葉に、ジェンとパークスは、疑問符を浮かべた。しかし、ライアルは、通信の方に集中していた。
「リースッ、落ち着け。何があった」
 ライアルは声を荒らげる。そして、すぐにその草原色の双眸を不快そうに細めた。
「ハヤはどうした? 無事なのか? あの役立たずがっ。何かあったら連絡しろとあれほど言っておいたのに」
 ライアルは、表情を歪めたまま、吐き捨てるように言った。
「ああ、今行く。それまで、何とか持ち堪えろ」
 ライアルは、低くはっきりとそう言った。
「どうしたんですか?」
 黙って立ち上がったライアルに、ジェンが恐る恐る尋ねた。
 ライアルは、ただの魔法学校の生徒ではない。多くの者は、ライアルを別の肩書きで認識している。
「雷の国《我が国》に、霧の国が侵攻しているらしい」
 魔界政府の権力が及ぶ領主制の国々の一つ、雷の国。その領主の名は、ライアル。
 苦々しげな表情に鋭い草原色の双眼。
「それで、どうするんですか?」
「最終手段だ。交換移動を使う。ジェンは、姉さんに連絡を取ってくれ」
 交換移動。それは、対象の人物と場所を入れ替わる魔法。瞬間移動と違い、四界間がどうなっていようと関係ない。その代わり、異常な量の魔力を消費する。
 しかし、ライアルにとっては、痛くも痒くもない程度の魔力である。
「分かりました。くれぐれも無理はしないように」
 コートを翻し、魔法を使おうとするライアルの後姿に、ジェンは言った。
「それは無理な相談だ」
 低くも高くもないライアル特有の声が、悪戯っぽく響く。
「一国は重い」
 光に包まれて消える直前、ライアルは、振り返ってにやりと笑った。

Copyright(c) 2010 UNNATURAL WORLDS all rights reserved.