Unnatural Worlds

雷鳴の領主

007

 昔々、まだ、四界が世界と呼ばれていた時代、強大な力の出現に、世界は不安定になっていった。それを救ったのは、四人の若者。
 四人の若者は、己の魂を世界と一体化させ、四つの世界に分離した。
 だから、四界には、それぞれ意思がある。そして、四界は、強大な魔力を持っている。
 そして、その四界の意志を聞き、彼らの魔力を操る力を持つのが、セイハイ族。僅か数百年前、突如として現れた民は、瞬く間に魔界の中枢を支配していった。セイハイ族に支配される魔界を懸念した、当時の防衛大臣、エルツァが、魔界治安維持精鋭部隊守手に、セイハイ族の殲滅を命じるまでは。


 アンとサリーは、雷の国上空にいた。魔法使いらしく箒にでも乗っているわけでもなく、普通に浮遊している。
 二人の父である妖界王は、規格外ではあるが、一応人間に分類される。しかし、母は人外だ。更には、生命の定義からも逸脱している。
 その恩恵を授かった二人は、宙に浮くことができるのだ。
「アン、魔界って分かっているんだから、態々瞬間移動する必要なんてなかったじゃない」
 サリーは、何故かしっかりと魔界に辿り着いたのだが、雪の国とは程遠い、熱帯にある森の国。更に、すぐ隣には、頼りにしていた常識人、ジェンの姿はなく、よりによって、妹と書いて、一番二人きりになりたくない人物と読む人間が、不気味な笑みを浮かべて浮いていた。すぐに氷の国に移動したが、姿はなく、また、通信も繋がらない。
 サリーは、絶望的な気持ちになっていた。そんなサリーに、アンは、雷の国に瞬間移動しようと誘ってきたのだ。断ったところで、明らかに暇をしている妹が、何をやらかすかが不安だったため、ついてきたのだが、移動した先の荒野には、誰もいない。
「ふふっ、サリー。必要ないことを取り除いていったら、スリルも味気もない人生になるわよ」
 アンは、不気味な笑みを浮かべたまま、そう言った。
「私はそれで結構よ」
 アンの気紛れに付き合わされるよりは、味気の無い人生の方がずっと益しだ。
 僅かな沈黙のあと、アンが口を開いた。
「私の同窓生の故郷なの」
 聞いてもいないのに、アンは話し出した。
 同窓生。何の同窓生なのか、サリーには分からなかったが、それは然程重要では内容に思われた。
「名は、サク・セイハイ。魔界一の魔法使いだったといっても過言じゃないわ。魔法使いとしては勿論、その頭脳も素晴らしかったから、王も欲しがったような男よ」
 父、妖界王が欲した男。その言葉は重い。
「あなたが、それ程評価するとはね」
「それに値する人物だったからよ」
 アンは、裏の無さそうなあっさりとした声で言った。
「セイハイの当主を冠するはずの男だった。全然興味なかったみたいだけど」
 セイハイの次期当主。
 サリーには、何故、アンが一見縁のなさそうな魔界の一族の嫡男と同窓生なのかが、全く分からなかった。本当に何の同窓生なのだろうか。妖界に、学校は無い。魔界にも無い。天界の学校に、魔界人と妖界人が行くなどありえない。
 そこまで来て、漸く、サリーは気付いた。
 魔法学校。アンは、おそらく数十年前に、魔法学校で生徒としてやっていた。サリーは、そう思うと、恐ろしくなった。アンはいったい何を考えているのか。
 しかし、サリーはそれを顔に出さないように気をつけながら、言葉を紡ぐ。
「あなたは、セイハイに縁があるのね」
 セイハイ。セイハイ族。その名を冠する者と、アンは縁がある。サリーも、アンと縁がある二人を知っていた。
 キナ・セイハイとライアル・セイハイ。
「全ての始まりは、あの男だった。私は、あの男に縁があるのよ」
 サリーは、その男について追及する気は無かった。
 厚い雲で覆われた天に、アンは目を向けていた。サリーがそちらに目をやると、そこには、厚い雲の狭間に垣間見える小さな青があった。


 パークスの目の前の男は、特有の優しい笑顔を浮かべていた。
「補助魔法、追跡魔法、疑似魔法。それらは僕の得意とするところです」
 とりあえず、全く悪気は無いようである。パークスは、それだけ分かれば十分だった。
 そう、ジェンとパークスは、ジェンの追跡魔法で、ライアルを追ってきたのだ。自らを巻き込んだジェンに、パークスは呆れていたが、普段、ライアルやアンやリリーに、やられていることに比べたら、遥かに益しである。
「ジェン、お前って、ちゃっかりしているよな」
「そうではないと、やっていけませんよ」
 ジェンはさらりと言った。確かに、ストレスで死んでしまうな、とパークスは納得した。
「しかし、エルフばかりだな」
 パークスは、ライアルの入る領主の家の前にいるのだが、その背後に広がる森の木々の隙間から見えるのは、エルフばかりだ。
「当然です。この国にはエルフしかいません」
「ライアルは違うだろう」
 とりあえず、ライアルの耳は丸い。
「ええ、ライアルはセイハイです」
「まぁ、姉がセイハイなんだから、弟もセイハイだよな」
 四楼キナが四界一の権力を握るようになったのと、セイハイの力は、全く無関係ではない。キナが、セイハイの血を引いていることは、皆が知っている。
 そして、姉が美人ならば、弟も同じく美人だとは限らないが、普通、姉妹は同じ民族である。
「セイハイ。四界の力を借りることができるセイハイの民は、魔界政府を掌握していました。光り輝く民とまで呼ばれたセイハイが治めていたのは、この雷の国でした」
「そして、その強力すぎる力を疎まれ、殺された」
 パークスは、とりあえず常識として知られていることを繋げた。
「セイハイは、エルフを奴隷のように扱っていたそうです」
 奴隷。パークスは、その言葉が、妙に響いて聞こえた。
「傲慢さゆえに滅ぼされた民。二人は混血ゆえに助かりましたが、他は全滅です。残されたエルフは解放を喜びましたが、政治事に疎い彼らは、支配者の突然の消滅に困り果ててしまいました」
 ジェンは大きな藍色の双眸を、見え隠れするエルフたちの方へ向けた。
「そこで、据えられたのが、ライアルってことか。良いのか? エルフにとっては、憎き敵だろう」
 弾圧していたセイハイを再び領主の座に据える。その心が、パークスには理解できなかった。
「それは、僕にもよく分からないのです」
 ジェンの笑顔は、理由無き不安を抱えているかのようだった。


 火の国の領主クロウ。ライアルの両親の弟子であり、ライアルとは旧知の仲である。ヴァンパイアという民族の若き女王であり、魔界の中心、首都魔法の町を擁する魔界一の大国の領主。
 そして、領主会では、あのライアルすら引く程、熱く議論を交わす。つまり、黒い髪に赤い瞳に、怜悧な顔立ちという、大人っぽい容貌に似合わず、意外と短気なのである。
 クロウの一番の部下、シキは、それをよく理解していた。
「氷の国が動き出した? 何やっているんですか? 喧嘩売っているんですか? 遥かなる大地侵攻もしつこいですが、小国同士の諍いに、一々首突っ込むなんて、愚かにも程があります。出る杭は打たれるとか言いますけどね、出る杭は潰して、燃やして、この世から消し去るべきですね。杭とか原始的なもの持って追いかけてくる世界の人間の為にも、杭は消滅させるべきでしょう」
 だから、シキは、先程、部下との通信を切ってから、永遠と暴言を吐き続ける上司が、本当にそれをやりかねないことを知っていた。美人かつ有能な上司を持てるのは嬉しいことだが、短気だとそれも半減である。更に、怒っている時に、それを咎められない程暴走する上司なんていうのは、最悪としか言いようがないが、一応自国の領主様なので、何とかしなければいけない。
「クロウ様」
 シキは、決死の覚悟で、男でも追いつくのか難しいような速さで歩き続ける領主に声をかけた。背筋が凍るような紅の双眸と、冷やかな微笑が向けられる。
「ライアル様と、連絡を取ってみては如何でしょう」
 シキは恐る恐る提案した。
 とりあえず、シキは自分の力でどうにかする気はない。

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