Unnatural Worlds
雷鳴の領主
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鳶色の髪に鳶色の目。小さいことで一々騒ぎ立てるけれども、心優しいエルフたちの中に入ることになったのは、いつのことだっただろう。
最初は、ライアルに反発する者も多かった。
だから、ライアルは、領主になったばかりだった頃、本当に苦労をした。セイハイ族の故郷は雷の国だったが、ライアルは雷の国を知らなかった。見知らぬ土地に放り出され、頼りにされながらも、避けられる毎日。
そんな時代の、とある夜だった。ライアルは、夜の森にいた。隣には、当時、随分と頼りにしていたエルフがいた。
「セイハイ族は、殺されて当然だった」
鳶色の双眸が細まる。その目は、ライアルに向けられてはいなかった。その視線の先は、森の中にひっそりと佇む豪奢な宮殿。
セイハイたちが君臨し、そして、滅びた城。
「だが、お前の両親だけは違った」
頭に手が置かれる。ライアルが見上げると、エルフの白い歯が垣間見えた。
「お前の両親はエルフを救ってくれたんだ」
ライアルには、両親も兄もいなかったが、年の離れた兄のような人間はいた。このエルフとは違い、鮮やかな金色の髪をしていて、明るく笑う男だったが、ライアルの中で、二人はびったりと重なっていた。
「俺たちは、お前を信じてる」
だから、お前を呼び寄せたんだ、とエルフは笑った。
ライアルは大きく溜息を吐いた。
「ハヤ、信じ過ぎだ」
そのエルフの名は、ハヤ。今回のいざこざを大きくした張本人であると言える。
しかし、ライアルには、そんなことをゆっくりと考えている暇はなくなった。気持ちを切り替え、相手からやって来た通信を繋げる。
<ライアル殿、魔界におられるのかな?>
低い男の声だった。ライアルはその声を知っていた。草原色の双眸をすっと細め、声変わりをしていない少年なりの低い声で応じる。
「ガン殿、どうした? 本当に我が国を攻めるつもりならば、一軍丸ごと焼き払うぞ。無駄な殺傷は避けたいのは同じはずだ。早急に引き上げれば、見逃してやろう」
ライアルがそう言いきると、何故か向こうからは、嫌な笑い声が響いてくる。
<異様に強気だな>
何かある。そう思ったライアルは顔を顰めながらも、言った。
「火の国と海の国に救援を要請した。霧の国に勝ち目は無いはずだ」
すると、さらに笑いが響いてくる。
<我が氷の国と同盟を結んでいることをご存知無いのかね>
「氷の国だと?」
ライアルは聞き返した。氷の国。それは、火の国に次ぐ大国である。
<火の国の遥かなる大地侵攻反対に賛同した貴国は、敵対しているとお捉えになったらしい>
ライアルは、思いっきり目を細めた。
魔界は、黒の山脈を挟んで、二つの地域がある。一つは、魔界政府の権力が及ぶ領主制の国々。そして、もう一つが、遥かなる大地と呼ばれる部族社会の地域。
後者の方が、多種多様な民族が住んでおり、産業や魔法技術の発展は勿論のこと、優秀な人材も多い。だから、火の国を始めとする領主制の国々は、遥かなる大地に依存していると言っても過言ではない。
だからこそ、その地域を征服し、独占したいと思う国が出てくるのだ。しかし、今まで、多くの国が征服しようと兵を送ったが、為し得た者はいない。
そして、今は氷の国が、遥かなる大地侵攻を計画している。侵攻すれば、大かり小なり、遥かなる大地に打撃はある。遥かなる大地に依存している他の国々は、それを危惧しているのだが、相手は大国氷の国。領主会で、堂々と反対しているのは、火の国ぐらいである。
そして、熱い詭弁の飛び交う中、火の国の領主に同意を求められ、頷いてしまったのがいけなかったのだ。
<どうした? 姉君に助けを求めるか?>
挑戦的な口調だった。ライアルは、頭が熱くなるのを感じた。
「四楼は魔界の統治権を委任されているが、国々のいざこざに干渉する権利はない」
ライアルは、強い口調でそう言うと、勝手に通信を切った。
クロウとライアルは旧知の仲だ。ライアルは、二年前にキナに会ったばかりであって、幼い頃は、彼女が姉のような存在だった。つまり、好きなのだが、逆らえない存在なのだ。
やってきた通信に、霧の国の領主だったらどうしよう、と思いながら、恐る恐る取れば、柔らかい女の声が響いた。
<やってくれましたね。氷の国>
しかし、声の温度は氷点下である。
「クロウ」
ライアルは、何と言って良いの分からなかったが、とりあえず非常に危険な状態であることを察したので、大きく溜息を吐いた。クロウが怒っていて、良いことがあった例がない。
<氷の国は食い止めます。ついでに息の根も止めて差し上げたいですね>
「やめろ、混乱する」
もう、どちらが大人なのか分からない、とライアルは思った。
<冗談ですよ>
向こうから漏れてくる軽い笑いは、凍えそうなぐらい冷たい。
冗談に聞こえない、とライアルは思ったが、いつでも正直に思っていることを曝け出していては、身が持たないことを知っていたため、黙っていた。
<そういえば、ライアル。キナが体調を崩されていることをご存知ですか>
「やはり、そうだったのか?」
四楼が体調を崩せば、彼女の管理する四界の狭間も不安定になる。
<知らなかったのですね。それならば、キナの体調が崩した原因は、ガンによる暗殺未遂であることをご存知ですか?>
クロウの言葉に、ライアルは、すーっと頭が冴えていくのを感じた。
「あー、そういうことだったんだなー、はいはい」
ライアルは、自分の声がどんどん冷えていくのを感じた。
「クロウ、氷の国《北》は頼んだ」
ライアルは、冷たく冴えていく頭に集中しながら、そう言った。とりあえず、雷の国に、氷の国を迎え撃っている余裕は無い。
<どうしたのですか?>
ライアルの変化に気付いたのだろう。僅かに慌てた声が返ってくる。
「姉さんに手を出して、抜け抜けとねぇ」
自然と口元に笑みが浮かぶのは、育てた者の癖だろうか。しかし、今はどうでも良いことである。
<ライアル、くれぐれも、程々に>
クロウの声は未だに冷たいが、咎めるような響きを持っていた。
「気が向いたらな」
それに対し、ライアルは自嘲気味に笑うと、通信を切った。
怒りの矛先は、ガンに向けるべきではない。贖罪に、姉の剣になることを誓った。しかし、姉に剣を向けられた。そんな自分に対して怒っているのだ。
そして、姉に手を出した者を許さぬも、剣の務め。少なくとも、ライアルはそう考えていた。
『ライちゃん、無理しないでね』
スザクが心配そうに言った。
だからこそ、全てを見透かしたスザクの言葉を、ライアルは無視した。ライアルは、これ以上、嘘をつく気は無かった。
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