Unnatural Worlds

雷鳴の領主

011

 それは、暗い部屋だった。暗い部屋に、冷たい寝台が置いてある。
「ライアル、お前はいくら奪えば気が済むのだ?」
 初めて会った姉は、静かに憎悪を顕にした。突き飛ばされるようにして、部屋の中に入れられた。そうは言っても、人間の力。ライアルは怪我することも無いのだが、視界は歪む。
「なぁ、ライアル。私に何一つ勝てぬのに関わらず、何故、そのように傲慢に生きることができる?」
 すぐ隣に黒が過ぎる。逆光になって影が入った姉の顔は、やはり美しかったが、ライアルはそれを見てはいなかった。
「お前が生きていること自体、迷惑なのが分からぬのか?」
 ライアルは、呆然と姉の鮮やかな青の双眸を見ていた。ゆらゆらと揺れる影を、ただじっと見ていた。
 キナの目は、人間の目だった。ゆらゆらと揺れ続け、そのくせ、酷く強いのだ。
 夜が明けかけていた。キナが立ち去った後、ライアルは、藍色の空を見上げていた。


 火の国の美しき領主、クロウは、雷の国北部の森で、激怒していた。そして、もう既にしていたのではないか、という指摘はしないで欲しい、とシキは思っていた。
 それなりの数の軍を率いて、雷の国の北部に着くと、そこにいたのは、何だか胡散臭いエルフと、魔界人とは思えない容装をしている少女である。雷の国の領主がいないだろうことは予測できていたが、流石に酷い、とシキは思った。
 しかし、それ以上に酷いのは、上司の怒り具合だった。
「攻め込むな、とはどういうことですか」
 火の国の領主、クロウは、可愛い弟のようなライアルの礼儀云々については気にも留めないし、このような緊急事態に、そのようなことを気にしない思慮分別はある。だからこそ、氷の国に対する怒りは深まるばかりなのだ。
「一応我が国の領主の命令で御座いますので、私はお伝えしたまでです」
 ハヤと名乗る、何だか軽そうな男は、はっきりとそう言った。クロウは、黙ってライアルに通信を繋げようとする。
 シキは、岩に腰掛ける少女を見た。空色の双眸を持つ少女は、重い空を見上げている。雷の国の人間では無いらしい。最初の方は話を聞いていたらしいが、途中から、岩に話さえも聞いてなさそうだった彼女は、突然口を挟んだ。
「国のこととかよく分からないけど、人が死ぬのが嫌なんじゃないの? ライアルってさ、そういうところがあるじゃない」
 髪を掻き分ける姿は、クロウに似ている。クロウよりもずっと背が低く、幼い少年。しかし、自らの手で、汚れ仕事を片付け、草原色の双眸は、しばしば人を恐怖させる。しかし、シキは知っている。
 武人と評される雷の国の領主ライアルは、クロウと私的な会話をする時に、年相応の表情を浮かべる。そして、彼は、手段を選ばない人間ではない。


 異世界に飛ばされたリリーは、胡散臭いエルフや、美人の女性と暑苦しい軍隊を見渡した。自分の一言に、静まり返る一同。
 会話から、恐らく一番偉いのだろうと思われる女性は、リリーについて尋ねてきた。
「リリーよ。天界議員、クリスとジェイクの娘」
 これは結構使えるのだ。天界人、それも議員の娘。危害を加えれば、外交問題に発展しかねない。
 リリーがそう名乗ると、案の定、女性は顔色を変えた。しかし、予想外の言葉を言う。
「クリス様とジェイク様の娘様でしたか。もう、こんなに大きくなったのですね」
 女性は、赤味かがった黒眼を輝かせた。
「お二人の娘様でしたら、素敵な水魔法の使い手なのでしょう」
 水魔法。確かに、リリーの両親、クリスとジェイクは、水魔法の使い手だった。しかし、それ程好んで使用するわけではない。そんな二人が、水魔法の使いだと知っているのだから、ある程度の交流はあったのだろう。リリーはそう思い、驚きを隠せなかった。
「申し遅れましたが、私はクロウ。火の国の領主であり、ヴァンパイアの王であります」
 笑みの向こうには、普通の人間よりは遥かに発達した犬歯があった。リリーは、その笑みを見て、僅かに目を細めた。
 リリーの両親、天界で議員をやっている夫婦は、ライアルの両親と知り合いのようだった。ライアルの両親は魔界人。一昔前まで、天界では、「魔界人は野蛮だ」と言われていたため、交流はほとんどなかった。
 しかし、リリーの両親は、魔界人と知り合いであり、この吸血鬼の王は、二人の娘である、リリーとも会ったことがあると言う。
 クリスとジェイクは、魔界に行ったことがある。それも、長期間に渡り、魔界に滞在した。
 魔界に行ったことがない。リリーの両親は、リリーにそう言い続けた。しかし、リリーは両親の嘘を確信した。しかし、嘘を吐くの理由が分からない。

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