Unnatural Worlds

雷鳴の領主

012

 雷の国の領主、ライアル。授業はサボり、嫌いな人参は残すが、国益と国際関係に頭を悩ませる一国の領主。元々鋭い双眸もあってのことか、その睨みには、確かな破壊力があった。
「それで、どういうつもりだ?」
 雷の国の領主の家の前。屋敷とは到底言えない、むしろ小屋のような家の前でライアルは立っていた。そして、目の前には、教師と学友。
「心配だったので、ついて来ました」
 しかし、口だけは達者な領主、口に実力が伴う妖界王太子、舌が回るわけではないが、拳はよく動く天界議員の娘などを相手にしている教師は、その程度では屈しない。何度叱っても詭弁で返される教師の心の挫折に比べれば、ライアルの睨みなど、大したことがないのだ。
 それを全て理解しているパークスは、ジェンの微笑を見て、何とも言えない気持ちに襲われた。
 魔法学校特別塔に棲息していて、まともな感覚を持ち合わせている者は皆無だ。


 ライアルは苛立っていた。天界人を形にしたようなリリーがこの魔界、しかも。雷の国にいるというだけでも、大変なのだ。
 それに加え、素晴らしい魔法使いではあるが、己の身も十分に守れないジェン、ライアルの知る妖界人の中では、一番弱いパークスが考えなしに自分について来たとなれば、彼の我慢も限界だ。
「お前を怪我させると、私が姉さんに怒られるんだ」
 ライアルの怒りの矛先は、主にジェンにいく。二人の性格から考えて、ジェンに責任があることは明白だ。
「無視してしまえば良いじゃないですか。キナは、あなたの扱いが酷いと思いますよ」
 ライアルは溜息を吐いた。大きな藍色の瞳を持った目の前の小柄な青年を、どれだけ姉が大切に思っていることか。四楼キナが、自分以外に唯一、公人として接しない者。それに、自分で気付いていないのだろうか。
「当然のことだ」
 考えるのをやめたライアルは、さらりと言った。
 その時だった。突然、うねるような旋律が流れてくる。それと同時に、森から出てきたのは、鮮やかな模様の衣に身を包み、大きな青い羽で飾られた帽子を深く被った男。顔は全く見えないが、その手で、弦楽器を弾き鳴らし、ゆらゆらとライアルたちの方へ歩いてくる。
「多分、吟遊詩人だ」
 殺伐とした妖界で育ってきたパークスと、何だかんだで箱入り娘のように育てられてきたジェンに、ライアルは声を低くして説明する。ただでさえ、困った状況なのに関わらず、吟遊詩人が現れるとは、とライアルは、溜息を吐く。
 ライアルは、間違っても、吟遊詩人が嫌いなわけではない。ただ、時期が悪過ぎるのだ。
「吟じてないじゃないか」
 パークスが、尤もなことを言った。しかし、ライアルは、無視した。
 国の一大事に、吟じぬ吟遊詩人に着いて考える余裕はない。そう思っていた。だから、次の連絡が入るまで、セイハイ城での魔法について考えなければ、と思っていたのだ。
「今日は空が青いなぁ、ランゴクの末よ」
 しかし、それは、吟遊詩人が、その言葉を発するまでのことだった。
「鮮やかな青は、人間の敵だ。そう思いたくなるだろう?」
 ライアルは、黙って横目でジェンを見た。
 ランゴク族は空の民。空の国に住む。古から続く民族で、先天的能力は高くはないが、魔界でも確固たる地位を持っている。 ジェンはランゴク族の人間だった。
「天界議会、妖界全土、遥かなる大地。逃げるとしたら、その三つだな」
 そう言って、流石に今は俺の歌を聞く余裕はないだろう、と口元を歪ませて、男は去っていった。
「天界議会、妖界全土、遥かなる大地……全て四楼キナの支配が及ばない地だ」
 ライアルは森の中に消えた男の後姿を見て、ゆっくりと息を吐いた。
 四楼は四界の頂点に立つ。しかし、四界を支配しているわけではない。四楼は、議会の決定と王の決定には口を出せないし、魔界政府の統括外である遥かなる大地に干渉することも不可能だ。
 しかし、このような吟遊詩人に構っている余裕も無い上に、目の前に処理すべきことがある。
「とりあえず、私はセイハイ城に向かう。魔界内では瞬間移動が正常に行われるから、首都にでも行って来い。姉さんに連絡つけておけよ。元々四界間移動に制限かけているとしても、混乱しているのは確実だ。私の手には負えない。連絡つかないにしろ、四楼の一番弟子として、しっかりとやるべきことがあるはずだ」
 ライアルは声を荒らげ、ほげっと突っ立っている教師に言った。
「怒られましたね」
 悪びれずに微笑むジェンを見たパークスは顔が引き攣っていた。

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