Unnatural Worlds

雷鳴の領主

014

 違う種類の生物が交わって生まれた子どもは、生殖能力を持たない。その代わりに、膨大な力や、特殊な力を手に入れる。
 多種類な生物の様々な民族が存在する魔界。唯一、混血を生み出す可能性を孕む魔界は、それを忌み嫌った。民族の縛りを強く持ち、それでも生まれた混血は忌まれ、殺された。
 しかし、他の世界の者が絡めばどうだろうか。異世界との交流がほとんど無かった昔は、その可能性は皆無に近かった。しかし、四つの世界が急激に接近しているこの数十年間では、その可能性は、無視できない。


 セイハイ城の美しい屋根の上に、三人の男女がいた。
 サリーは、妹の運に感服すべきか、目の前の状況を冷静に把握すべきか、真剣に悩んでいた。
「まさか、おいでになるとは思わなかったわ、マラボウストーク。さぁ、真実を言いなさい」
 彼女の妹は、容赦なかった。やってきたコウノトリが、金髪長身の男に姿を変えるや否や、挨拶も無しにそう言ったのだ。
「殿下、俺にも目的があるし、当事者だ」
 マラボウストークと呼ばれた男は、臆することなく、困ったように笑うだけだった。派手な格好に楽器を持つ吟遊詩人。そんな容装の男は、不気味な笑みを浮かべる妖界王太子を相手にしても、呑気だ。
 サリーが、そう思っていると、大鎌が舞った。アンの武器、黒い大鎌だ。相変わらず趣味が悪い、などと思いながら、サリーは咄嗟に二人から離れた。
 鳴り響いたのはけたたましい金属音だった。
「馬鹿力ね」
 サリーは胸を撫で下ろした。黒鎌が弾き飛んだのは、サリーが座っていた場所だった。確実に自分を狙ったのだろう、と思いながら、妹に剣を突きつけるマラボウストークを見る。
「俺は、お前と同じ"あれ"であり、魔法を叩き込んでくれたのは、サク・セイハイだ」
 ゆっくりと剣を下ろし、余裕の表情を浮かべるマラボウストーク。
 妹の同窓生であり、セイハイ族の魔法使い。その実力は妖界王の欲する程のもので、教えを受けたと言うこの男は、妖界王に次ぐ実力者。
 何故、この場所にいるのだろうか、とサリーは思った。アンの不審な言動との関わりから、偶然とは言い切れない。
「通りで、腹立たしいぐらいに頭が回って、救いようの無い馬鹿になったわけね」
 しかし、そんなサリーの気も知っているのか知らないのか、彼女の妹はさりげなく暴言を吐いていた。
「サク様が馬鹿であることは認めるがな」
 マラボウストークは明るく笑った。酷く暗い双眸を細めて、口元を歪めて笑うその表情は、ライアルとよく似ている。
「しかし、セイハイ城で大掛かりな魔法を使うとはな……本音を言えば、もう少し後でも良かったんだが」
 そして、こんこん、と純白の屋根を叩き、呆れたように言う。
「どういうこと?」
 相変わらず冷たい声で尋ねるアンに、マラボウストークはさらりと答えた。
「この国の領主は、この城に敵を詰め込み、一掃する気だ」
 アンは表情を変えなかった。
「殿下、これだけは申し上げておこう。あれはセイハイの根源に深く関わってくる。あれを介して、四楼は四界から魔力を引き出しているからな」
 サリーは空に突き出ている幾多もの塔を見渡した。確かに魔力を引き出すには、媒介がいる。四界という目に見えない存在から、魔力を引き出すには、特殊な無機物が必要だ。
「何故、あなたはあの城を破壊しなかったの?」
 アンは、この男が破壊したがっていることを知っていたらしい。
「王太子殿下は、この城を壊せるか?」
 その問いに、アンは首を横に振った。そして、酷く冷たい声で問う。
「あなたは、ランゴクではない魔界人でしょう」
「殿下、私の顔をよくご覧になって下さい」
 そう言って、マラボウストークはにやりと笑った。アンはすっと目を細め、マラボウストークを凝視した。
「あなたも、我が王家の力を継いでいるのね」
 嘲笑うかのようなアンの声に、サリーは、思わず眉を顰めた。

 妖界王家。王家というが、まだ王は一人だけ。数千年前、今の妖界王は、妖界を統一し、今もなお、玉座に座り続けている。王の私生児は、幼いうちに死に絶えており、残っているのは、王女二人だけ。
 この状態で、誰が王家の力を継げるのだろうか。
 そして、何故、妖界王太子は嘲笑ったのか。妖界王家の力を継ぐ者。妖界王家の生まれであることを誇りに思っている妖界王太子が取るような態度ではない。
 妖界王家から、サリーが出てもう数十年が経った。その間に、王家に何があったのかを、サリーは知らない。しかし、何かがあったことは確実なのだ。性格が、百八十度変わったとしか言いようがないアン。そして、目の前のこの男。
 王家にできる限り関わらないように、と生きてきた第一王女は、静かに、動き出す決心をした。

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