Unnatural Worlds

雷鳴の領主

015

 青い瞳には、不思議な力がある、と言われている。魔界において、青眼を持つ民は、大抵、長い歴史と、特殊な力を持つ。魔界のランゴク、そして、今は黒い瞳を持つ妖界王も、かつて青い瞳だったと言われている。
 唯一の例外はセイハイ族。しかし、このセイハイ族も、歴史が浅いというだけで、特殊な力を持っているところは同じだ。
 そして、もう一つ。これは、「世界」人には適用されない。


 深い森に佇むセイハイ城。巨大な庭には、青い薔薇が広がり、純白な巨大な城がその中央に鎮座する。強い魔法により、それらが色褪せることは無く、一日中空を覆う厚い雲に、浮かび上がって見えた。
 その城に住むセイハイの領主は、森に住むエルフに重税を課し、歯向かう者は容赦無く罰していた。
 そんなエルフにとっては地獄のような雷の国。しかし、その頂点に立つ雷の国の領主の嫡男によって、それは少しずつ変わっていった。虐げられるエルフの姿を見た領主の嫡男は、密かにエルフたちを支援し始めた。囚われた者をこっそりと逃がし、税を誤魔化し、少しでもエルフたちの暮らしが楽になるように努めていた。
 その領主の嫡男の名前はサク。


 未だ空の国に留まる氷の国の軍を見ながら、リリーはハヤに言った。
「何か胸騒ぎがするのよね」
「どういう胸騒ぎでしょう、お嬢様」
 リリーに痛い目に遭わされたハヤは、軽く、しかし丁寧に尋ねる。
 ハヤは、決して学習能力がないわけでも、変わった嗜好を持ち合わせているわけでもない。少し不真面目な普通のエルフである。
「何か、駄目って感じがするのよ」
 リリーは、背後に広がる森に目をやった。鬱蒼と茂る森の中に何があるのか、これから何が起ころうとしているのかを、「リリー」は知らない。
「何をやらかしてくれるのかなぁ……俺たちの領主は」
 親友の部下は欠伸をし始める。リリーは、ただ森の方向に目を向けていた。
「ねぇ、森の中には何かあるの?」
 鬱蒼と茂る森の中は、外からでは何も見えない。まるで、わざと見えなくしているかの如く、それは侵し難い何かを持っていた。
「純白のお城がある。こんな状況じゃなければ、案内してやったんだが……」
 ハヤは思いっきり細めて欠伸をしていた。
「綺麗な城でなぁ、そうそあ、青薔薇の庭園の中に立っている」


 成長したサクは、雷の国から出て行った。否、エルフたちが、雷の国から出した。理由は分からない。ただ、その当時、サクと非常に親しかった数名のエルフたちは、サクを国外へ逃がさないといけない、と強く感じたらしい。
 彼は逃げた。しかし、一年後、彼は戻ってきた。三人の仲間を連れて。
 彼は、仲間の一人である女剣士と共に、雷の国を荒らしまわった。その結果、「エルフの身の安全のために、重税を課す」などと言っていたセイハイたちは、エルフに権利を与えなくてはいけなくなった。
 エルフの生活は随分と楽になった。エルフはセイハイを憎む。しかし、サクだけは別だった。何故だかは分からない。それは、彼がエルフの生活を楽にしただけではないからだ。
 その理由を知る者は、口を閉ざしている。
 そして、その十数年後、エルフは魔界政府によって滅ぼされた。今から、十三年前のことだ。

 こうして、青眼のセイハイは滅びた。ただ一人、青眼を持ち、セイハイの力を継ぐ、四楼キナ以外は。


「青い薔薇の中にある純白の城って、素敵ね」
 リリーは、それがこの鬱蒼と茂った森の中にあるとは思えなかった。何よりも、この国はライアルの国だ。教師を撒くために、ずかずかと花壇を横切る姿から、彼の趣味であるとは思えない。
「ああ、未だに残っている。領主もセイハイ城で暮らせば良いものの、俺たちが住むべきだ、と言って聞かないからなぁ」
 ハヤは嬉しそうに語った。
「ライアルらしいわ。あいつ、サボるなら空き部屋のソファーとかにすれば良いのに、いつも木の上で寝ているから」
 本人は意識していないだろうが、ライアルは、人工のものを好まない。リリーは、決して賢い人間ではなかったが、人を見ていないわけではない。ライアルは、寒いところが苦手なくせに、風に晒されるのが好きだ。
「へぇー、領主もサボっていてるんだな」
「ライアルは字が書けないから、とか言って、むしろ、サボっている方が多いわ。大抵、私とライアルとアンで、共謀するから、そう簡単には食い止められないわ」
 ライアルは字を書けない。わざとやっているのではないか、という程書けない。勿論、字も読めない。文字の羅列に意味が感じられないらしい。読み書きができない彼にとって、魔法原理学などの授業が面白いはずがない。
 そこで、仲良し三人組で授業をサボるのだ。
「あんたと領主と妖界王太子殿下か……絶対捕まらないだろ」
「教師がしつこいのよ」
 そう、水とチョークとペンキを被って、バケツが直撃したぐらいで魔界人のジェンは怪我をしないし、何よりも、彼は諦めない。そうであるから、誇り高き妖界王太子に、魔法学校特別教室一、諦めが悪い人間と正式認定されるのだ。


 その頃、「しつこい教師」は、とばっちりを喰らった生徒と共に、雷の国の森の中を全力疾走していた。特別塔の妖界人の中では、ずば抜けて弱いと言われるパークスと、身体能力ではほとんどの生徒に劣るジェンではあるが、妖界人と魔界人。鬱蒼と茂る森の中を駆け回るのに、それ程苦労することは無い。
 しかし、視界が良いわけではない。
「方向こっちで合ってるのかよ」
 パークスは、器用に木の根を飛び越えながら、ジェンに尋ねる。
「キナに言われた場所から、真西ですから、合っているはずです」
 ジェンは、はっきりとそう言いきった。

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