Unnatural Worlds

雷鳴の領主

016

　キナは、ジェンの両親の弟子だった。弟子と言っても、それは建前上のことで、家族のようだった。何故、キナがジェンの家族と共に暮らしていたか、ジェンは知らない。
　しかし、裏に複雑な事情があることは知っていた。ライアルが生まれるより前から、ジェンの家族とキナは一緒に暮らしていた。
　だから、ジェンの両親が死んだ時から、キナと二人で暮らし始めるのは自然な流れだった。その時には、華々しく才能を開花させていたキナは、ジェンの面倒を見ながら、政治学や魔法を教えた。
　しかし、ジェンは知っている。キナは、自分が学んだことの全てをジェンには教えないし、ジェンを政治的な話し合いに連れて行くことはしなかった。だから、ジェンも早々と悟っていた。
　キナは、自分に、キナと同じ道を歩まないことを望んでいる、と。
　それと対照的だったのがライアルだ。キナは、絶対にジェンには命じないことを、ライアルに命じた。元々、ライアルに膨大な政治の知識と、魔法の技術があったこともあるが、それ以上に、積極的に叩き込んだ。そして、所謂、「汚れ仕事」や「面倒事」を押し付け、公にできないような話し合いの場に、積極的に連れて行った。
　キナはジェンを信用しており、ライアルを信用していない。それは誰が見ても明らかだ。しかし、キナは、ジェンを信頼しているわけではなかったし、ジェンはキナを信用できなかった。それに気付いているのは、ジェン自身と、恐らく、キナのみだった。

「しかし、キナは僕に対して、本当に様々な隠し事をしています。今回のこともそうです」
　がさがさという音を立てながら、森の中を走る。
「そもそも、四界って何なんだ？」
　パークスは気になっていたことを尋ねる。四界に意思があるということですら、パークスにとっては信じ難かった。
「その関係のことは、訊いても全然教えてくれないんですよ」
　パークスは、ジェンがキナに反抗する理由が何となく分かった気がした。ジェンは、何も知らないのである。
「セイハイ城は壊してはいけない、か」
　パークスはその言葉を反芻する。
「昔、セイハイが滅びた時、何故、城は残したんだろうな」
　魔界治安維持部隊によって滅ぼされたとされるセイハイ。一夜で血に染まった城は、今もなお、残されている。ライアルのことだから、破壊しても意味がない物は破壊しないだろうが、滅びた時に残された理由は分からなかった。
「あの城の維持には、四界の力が使われているのでしょう。そう簡単に壊れる物ではありません」
　ジェンは、確信に近いような言葉で言った。
「じゃあ、ライアルの作戦が失敗することを踏んで、そう言ったということか？」
「違うでしょう。それならば、僕に話しているはずです」
　ジェンのいつもの柔らかな声が、幾分か硬い。それをパークスは敏感に感じ取った。
　いつも微笑みながら生徒を見守る教師。策謀と無縁そうな穏やかな青年。彼の細くなった藍眼は、僅かながら、支配者の色を持っている。
　彼は、四楼キナの弟子なのだ。四界一の権力者の弟子。判断力や決断力において、生徒である妖界王太子アンや雷の国の領主ライアルには遠く及ばないが、ほんわかしている名前だけの教師ではない。
「ライアルの魔力は強い。魔法も強い。恐らく、魔界一です。そして、彼女の魔力は、天性の物であり、四界の力は一切使用していません。もし、彼女が本気になれば、四界の魔法に魔力だけでは勝てる可能性があります」
　ライアルの魔力が強いことは有名だ。それは、魔法学校特別塔の中だけではなく、四界中で。妖界王にすら、魔力だけでは勝てるのではないか、と言われる程に、ライアルの魔力は強かった。
「つまり、ライアルならばあの城が壊せるってことか？」
「ええ、そして、あの城を壊されると、都合が悪いということです」
　間髪入れずに、ジェンは言う。
「どうするんだ？」
「僕は十九歳ですが、そろそろ"良い子"も飽きてきたところです。ライアル側に回ります」
「確かに、最近よく四楼に噛み付くよな……それで、何をしてくれるんだ？」
　呆れたように言うパークスに、ジェンはさらりと言った。
「補助魔法を使います。あれは力も数倍になりますが、コントロール力も増すんですよ」
　くすりと笑う魔法学校の教師ジェン。彼の魔法は決して強くは無い。しかし、彼は、誰かの魔法を数倍にする力を持つ。その危険性を、ジェンはよく理解しているはずだ。
　そして、四楼の意思に逆らうこと。それは、四界を不安定にする原因になる可能性が非常に高い。パークスは、そんなことも全て分かっているだろうに、そのような行動に出るジェンを、訝しげに見た。
「大体、得体の知れない物に頼るのは良くないと思います」
「それを四楼の目の前で言ってみろ」
「僕もまだ死にたくありませんので」
　くすりとジェンは藍色の瞳を細めて笑った。ただ、それも笑って見せただけのような笑顔で、すぐに堅い表情に戻った。
　彼は、この機会を待っていたのだ。従順な四楼の弟子は、咄嗟に思いついたのではない。ずっと、待ち続けていたのだ。自分を信頼していないと分かっていても、四楼に従い続けていた男は、間違った方法で、四楼に向かって叫ぶ。しかし、間違った方法を採ったとしても、彼にとっては価値のあることなのだ。パークスはそれを悟った。

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