Unnatural Worlds
雷鳴の領主
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その場所は、魔法学校。しかし、今の魔法学校よりは、幾分か綺麗である。
闇を統べる少女は、木に凭れかかって本を読んでいる。ライアルがよく眠っている木。しかし、そこにはライアルはいないし、ライアルは来ない。
「ご機嫌如何かな? 姫様」
声を掛けられ、闇を統べる少女は顔を上げる。少女は、驚きも何もない、軽蔑を含んだ眼差しを向ける。
声の主は、背の高い少年だった。銀色の髪を持つ、見た目麗しいとは到底言えない平凡な顔立ちの少年。しかし、その少年の瞳の青は、鮮やかだった。
「あなたが来たせいで、最悪。話しかけるな、不愉快だ」
少女は、そう言いきったが、少年は笑っていた。
「何故笑う? サク・セイハイ」
少女の不機嫌な声にも怯まず、少年は笑顔を浮かべていた。
ライアルが魔法に集中しようとした時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「領主、待って下さい」
慌ててやってきたのは、エルフの部下の一人。
「主要な敵のほとんどを城に詰め込んだのですが、全員殺害されました。霧の国の領主の死亡が確認できました」
「火の国か?」
ライアルは、怒っていたクロウを思い出す。最近の氷の国の態度は目に余るものがあった。同盟国に攻め込まれたとなれば、クロウが怒るのも無理はない。
魔界人は誇り高い。他民族が暮らす魔界で、その誇りの高さは、それぞれの民族が生き延びていくのに必要な能力でもあった。
しかし、火の国は軍を使うはずである。目の前の静かな城と軍は結びつかない。
「いきなり……金髪青眼の男の人が入ってきて……片っ端から……」
エルフは首を横に振った。その言葉に、アンが一瞬笑みを失うが、ライアルは気付いていなった。
「ヒョウラクか?」
ライアルは尋ねた。
金髪に青い目と言ったら、ヒョウラクだ。氷の国の中心であり、氷の国で一番強い魔法を使う民。
「いえ、氷の国の者ではないようです。ですが、氷使いだったような気がします」
「何故分かった?」
ライアルは鋭く尋ねる。
「声を上げるより前に、その人の視界の中の敵が全員凍らされ、一瞬のうちに砕かれたところをこの目で見たからです」
エルフの声は酷く落ち着いていた。兵士の数も、実力も相当のものであるはずだ。もし、これが真実ならば、普通の人間であるはずがない。
「混血だな。氷の国に恨みがある者だろう」
ライアルは低い声で呟くようにして言った。
「それも相当の実力者だ」
ライアルが言う混血というのは、人間と人間では無い者の間に生まれた混血だ。
混血でなければ、不可能なのだ。それは、能力的にも、立ち位置的にも、言えることだった。
魔界では、混血排除のための統制は多い。しかし、混血は存在する。それは、ライアル自身がよく分かっていた。
魔界に溢れかえる孤児のほとんどは、混血。混血誕生の抹消のために、行く場所を失った子供たち。生殖能力がほとんど無く、高い能力を持つ彼らの将来は決まっている。政府直属の暗殺部隊守手に入るか、体を売るかのどちらか。
彼らは、成長した後、己の出生を恨むことが多い。己が生まれたことを無かったことにした国に対して、憎悪を抱くことは多い。
雷の国は、小さな村のような国で、外界との接触が少ない上、エルフしか住んでいないため、混血を出したことはなかったため、ライアルが直接混血誕生の抹消に関わったことは無い。しかし、ライアルは混血についてはよく知っていた。
「氷魔法の才能に恵まれているのは、ヒョウラクですよね。ヒョウラクと何かの混血でしょうか」
真っ当な意見を述べたエルフに、そうだな、とだけ返し、ライアルは、彼の言いたいこととは関係の無い言葉を反芻する。
「フレア……か」
スザクは沈黙し、そんなスザクにライアルは微笑む。その時だった。
城の最上階から、天空に飛び立つ翼。しかし、それは鳥ではない。美しい弧を描く翼は、それが人工物であることを示していた。
「あれは、カザネ……」
ライアルは、今までに一度しか見たことのない乗り物の名前をすぐに引っ張り出す。
『カザネって?』
「瞬間移動がつかえない場所において有効な移動手段だ。魔界の遥かなる大地でしか、使われていない。今時、乗れる奴がいたのが、驚きだが、それ以前に……何故、遥かなる大地の民が、この雷の国のセイハイ城にいる?」
魔界政府が統括する魔界領主国と魔界遥かなる大地。黒の山脈を隔てて存在する"二つの世界"には、人間の交流はほとんどない。魔界政府は認めてはいないが、魔界領主国よりも発展している遥かなる大地。その遥かなる大地の民が、態々領主国、それも雷の国のセイハイ城にいるはずがない。
それも、今はほとんどの者が乗れないはずのカザネを使って移動する。そんな者が、いるはずがない。
「それにしても、綺麗な飛び方ね。これだけ風魔法を上手く使える"人間"は見たことが無いわ」
微笑む王太子の言葉に、ライアルは反応をしなかった。
『最上階に行けなかったって……』
「遥かなる大地……か」
最上階にいた遥かなる大地の民、セイハイ城で敵を殲滅した氷使い。二人乗りのカザネだが、乗っているうちの一人は確実に風使い。すると、もう一人が氷使いなのか。
ライアルは、大空を舞う機体に向かって、小さな雷を落とした。突然の雷に、風使いの集中力が乱れたのか、機体が揺らぐ。風使いが風を手放したその一瞬に、ライアルは風を奪う。
風使いではないライアルだが、風魔法が使えないわけではない。奪った風で機体を地面に突き落とす。
「ふふっ、見事ね。相手の動きが早くなくて良かったけれど、生きているかしら?」
機体を落とした場所に向かおうとするライアルに、アンはそう言った。
「何を言う? ありがとう」
ライアルは振り返って、アンに向かって笑顔を浮かべた。
ライアルは、自分の魔法の威力の調節が苦手だ。そんな彼が、小さな雷を落としたり、死なない程度の強さと速さにしながら、風を吹かせることなどできるはずがない。ライアルができたのは、アンが補助していたからである。
「あなたと喋っていて疲れないわ」
アンは彼女特有の不気味な笑みを浮かべた。
金髪の男、マラボウストークは、クロウに良く思われていないことは知っているが、ハゲコウノトリと言われていることなど露知らず、死体の中を闊歩していた。
明るい金髪に鮮やかな青の双眸。それだけであれば、ヒョウラクだとすぐに分かるが、金色も青色も、ヒョウラクの持っている色よりもずっと鮮やかである。
しかし、彼はヒョウラクの血を引いていた。そして、彼は、人間と人間では無い者の間に生まれた混血だった。ライアルの予想は正しかった。しかし、氷の国に恨みがあるわけではなかった。
「しかし、ここまでやってくれるとは思わなかったから……まぁ、これくらい派手に殺しておけば……」
城の中にいた者を、声を上げる間も無く凍らせ、そのまま圧力をかけて破壊する。目に入る兵士たちを皆粉々にして歩き続ける。
人間の物とは思えないような美しい金髪を掻き分け、人を殺しているとは思えないような淡白な青の双眸。
「しっかり逃げてくれよ、ヘルメス」
そう言って、マラボウストークは天井を見やった。
"今の段階"でセイハイ城が壊れるのも、マラボウストークにとって、困ることだった。しかし、彼にとっては、ヘルメスの安全が第一だった。
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