Unnatural Worlds

雷鳴の領主

019

 サリーは、アンの隣まで走っていき、耳元で囁く。
「あの男がやったのかしら」
 あの男とは、マラボウストークのこと。派手な服装をした、妖界王に次ぐ男。
「間違いないわ。氷の国と霧の国は、火の国と衝突しないようにしながら、雷の国を手に入れる気だったみたいだけど、火の国よりも強い敵が来るなんて考えてもいなかったでしょう」
 アンはサリーの方を向くことなく、ずんずんと歩いていくライアルの方を見ていた。
「瀕死になったけれども、妖界王に重症を負わせた男よ」
 ふふっ、と息だけで笑うアンの言葉に、サリーは驚きを隠せなかった。
「戦ったことがあるの?」
 アンはその言葉に頷き、言う。
「妖界元帥ユギリス=ハーヴェイよりは強いと言っていたわ」
 妖界元帥ユギリス。妖界三強の中の一人で、今は行方不明とされている。しかし、行方不明である以上、生きていることは確実。妖界王が、彼が死んだことを知らないはずがない。そして、それを言っていたのは、マラボウストークと実際に戦った妖界王。


 ライアルが、カザネの隣で、痛い熱い、を連発している男女を見つけたのは、それから間もなくのことだった。森の中で木の枝だらけになっている二人は、ライアルを見上げた。
「私は雷の国の領主ライアルだ。我が国の城に、カザネを乗りこなす者たちが、何かご用だったのか?」
 ライアルは、座り込んでいる二人を見て、一々魔法で脅す必要もないと感じたため、普通に自己紹介をして尋ねた。この二人が、兵士たちを瞬殺した犯人ではないことがすぐに分かったのだ。ライアルは、相手の保有する魔力の量が分かる。この二人では不可能だ、とライアルは判断した。
「私は情報屋、ヘルメス・ラヴェルです。御察しの通り、遥かなる大地のラヴェル族の出で、風の魔法使いです」
 金髪の女、ヘルメスが明るく言った。ヘルメスは、丸い青い瞳で、ライアルを見上げ、笑顔を浮かべる。
「私は相方のソラ・アサカワと言います。遥かなる大地、アサカワ族の出身です」
 黒髪黒眼で浅黒い肌を持った男、ソラが丁寧に挨拶をする。
「勝手にセイハイ城をお借りしていて申し訳ございませんでした。しかし、住み心地は最高でした」
「素晴らしい居城でございますね」
 二人は口々にそう言う。あっさりと自己紹介をして、全く敵意が無いところを見せる遥かなる大地の民。ライアルには、彼らを罰する必要性が感じられなかった。
 遥かなる大地との境界線を持つ雷の国。境界線である黒の山脈を越えてきた遥かなる大地の民が、雷の国の廃城の最上階を拠点としていても何ら不思議はない。
「それで、遥かなる大地の民が、態々領主国に何を?」
 ライアルは最も尋ねたかったことを訊く。
「お仕事です」
 ソラが穏やかな声で丁寧に答えた。
「勝手に御城借りていたので、情報屋として、御礼を致しますね」
 ヘルメスが目を輝かせて言う。相手を驚かせるような自分の情報を与えるのが好きなのだろうか。とりあえず、彼女の瞳は、期待で輝いていた。そして、ライアルがに何か言う前に喋りだす。
「氷の国と霧の国が共謀して、先日の領主会の後の食事会で、四楼の食事に遅延性の毒を混ぜたことを御存知でしょうか? 御存じでなければ、証拠と共に差し上げますが」
「本当か?」
 ライアルは不機嫌を形にしたような声で尋ねた。
「私は、確実な情報だけを情報と呼びます」
 ヘルメスはにっこりと笑い、詳細を語り始めた。


 四楼と火の国の力を削ごうとしていた氷の国、雷の国が欲しかった霧の国、この二カ国は手を組んだ。
 雷の国の後ろについているのは火の国と四楼。遥かなる大地と接する雷の国と、遥かなる大地と良好な関係を保つ火の国の同盟を崩すのは容易ではない。主な産業の無い雷の国は、火の国に遥かなる大地の産物を運ぶことによって成り立っている。雷の国の住人は、低賃金でよく働くので、火の国として、雷の国は大切にしないといけない国。さらに、雷の国は、四楼の出身国である。
 しかし、逆にいえば、この雷の国さえ崩してしまえば、三者が混乱するのは確実。そこで、彼らは、まず四楼の動きを封じてから、雷の国を攻め落とそうとしていた。
 その四楼の動きを封じるために使ったのが毒薬。ライアルは、毒薬の製造に関わった施設、関わった人間、誰を尋問すれば吐くかということなどを事細かに説明された。


「あと、最後に一つ」
 ヘルメスは、全てを語り終えた後、指をまっすぐ立てて、悪戯っぽく笑う。
「兵士たちを壊滅された男の名はマラボウストーク。詳しいことは分かりませんが、御存知でしょう」
 ライアルは眼を見開いた。盲点だったのだ。
「次からは御金を取らせて頂きますが、何かあれば連絡を」
 ヘルメスと通信魔法に必要な魔法を使った後、ヘルメスとソラはカザネに乗って大空に舞い上がった。
『よく壊れなかったね』
 大空を飛ぶ機体を鎌首を上げてみながら、スザクが言う。
「あの程度の雷撃で壊れるようなものを、遥かなる大地では作らない」
 四界で最も魔法技術が発達している少数部族の地域は、美しく実用的で丈夫な物を作る。雷の国との国境にある光要塞から運ばれてくる品を、運搬を担っている雷の国の領主であるライアルも見ることがあるのだが、それは芸術作品にしか見えない。
『マラ兄ちゃんだったんだ』
 話を変えるスザクに、頷く。
「あの人ならば、不可能ではないな」
 ライアルは明るい金色の髪を思い出す。


 幼い頃に両親を亡くしたライアルは、妖界人に育てられた。その妖界人と魔界を旅している最中に出会ったのが、マラボウストークとクロウだった。それから暫く、彼らと共に過ごすことになったのだ。
 妖界人は男性だったため、ライアルは、女性であったクロウにはよく懐き、また、魔法を教えてくれたマラボウストークも大好きだった。二人もライアルの両親の忘れ形見を自分の弟のように可愛がっていた。
 ライアルにとって、マラボウストークは非常に重要な存在だったが、ライアルは、マラボウストークのことを知らなかった。分かるのは、何故、マラボウストークが、自分と共に旅をしてくれたかということだけである。ライアルは、クロウもマラボウストークも、ライアルの両親の知り合いである、とその妖界人に、二人と別れた後、教えられた。

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