Unnatural Worlds

雷鳴の領主

022

"とりあえず、飛び出してみなよ"
 古代歴史物語の中で有名な剣士は、そう言っていたという。常に飛び出し気味であった彼女は、戦い続けて、剣士として名を馳せることになる。しかし、時と場合というものがある。少なくとも、ハヤはそう思っている。
 戦場へ飛び出していくリリーの姿を見ながら、ハヤは思った。
 生きる、ということが優勢順位として一番高い妖界人には決してできないことではあるが、まだ本当の戦場を知らない天界人の少女ならば、その行動も十分納得がいく。しかし、ハヤは、そんなことを呑気に考えている場合ではない。
 彼女は、領主から預かった大切な少女である。そして、その領主は、既に青筋を浮かべている。
「パークス、あんた何でこんなところにいるのよ」
 突然のリリーの登場に、戦闘を続けていた霧の国の軍も、攻撃の手を止めた。ハヤは、その反応から、氷の国と提携が上手く取れていなかった証拠だと思って、僅かに安堵する。
 霧の国の兵士は、明らかに戸惑っていた。氷の国の軍を、しっかりと把握していない証拠である。
「リリー、どうしたのですか」
 穏やかな声の質だが、明らかに焦っていることを示すかのような鋭い男の声が響く。
「ジェン、あんたもいるの?」
 そのやり取りは、やってはいけないものだった。
 それは、彼らが、氷の国の者ではないという証拠になったからだ。
「待て、危ないっ」
 止めるのならば、もっと早く止めろ、という話だが、ハヤもこのように呆気にとられていたのだ。そのため、ハヤの声もむなしく、攻撃の手がリリーに向かう。
 ハヤは、鋭い口笛を吹き鳴らした。その直後、木々から虫が大量に落ちてきた。一瞬狼狽した兵士たち。しかし、効果は一瞬だけである。
 一瞬だけでも、瞬時に片づけることは可能である。しかし、よりによって、魔法学校特別教室の中でも、決定打の無い人間ばかりが集まってしまっていた。派手な魔法を使い、規格外の戦闘能力を持つライアルとアンがいない。勿論、ハヤも戦えない。
 土壁が轟音を立てて崩れた。戸惑いのため、集中力が途切れてしまったのだ。これでは、全員が蜂の巣状態である。
 その時、雷鳴が轟いた。空は漆黒だった。それは、空では無い。灰色の雲を貫く光は、ぼんやりとしていた。まるで、漆黒のベールがかかっているかのようだった。否、かかっていたのだろう。
 ここは雷の国。雷鳴の領主の国である。空気の中の埃を震わせ、瞬時に雷を作る魔界に名を轟かせる雷使いの国である。そして、その親友は、妖界の最も讃する最も優秀な闇を操る王太子。王太子の闇のベールは、雷鳴の領主の雷を通さず、雷鳴の領主の雷は、全てを無に帰す。
「怒ってますか?」
 助けて貰った礼よりも先に、ジェンがこの言葉を発する辺り、ライアルの人格が良く分かるのだが、今はそのような問題ではない。
「ああ、怒っている。怒っているさ、馬鹿が」
 ライアルは、言葉の割に、あっさりとそう言った。表情は無表情で、背景に広がるのは焼け野原なのだが、鋭くなることもある瞳は普段と変わらない。
 しかし、リリーは顔を引き攣らせ、パークスは重い溜息を吐き、ジェンに至っては、明日、世界が終わるかのような顔をしていた。
 ライアルはこのような理由で怒った時に、暴言を吐いたり、思いっきり睨みつけたりすることは無い。しかし、それがまた、たちが悪いのだ。
 ライアルがこのような理由で怒った時、魔法学校特別塔は、壊滅状態になった。リリーは恋人と大喧嘩をして、パークスはアンの実験台で一カ月の重傷を負い、ジェンは職員会議でとことん責められ、ストレスで体調を崩した。しも、それがライアルの仕業だと分かるのに、一か月を要したのだ。
 ライアルがこのような理由で怒った時、いつもよりも表に怒りが表れない。頭が無茶苦茶にキレるようになったしまう。そして、善悪の判断が曖昧になってしまう。物凄くあとに引き摺る性質なのだが、そうは見えず、その場限りの怒りで収まっていてるように見えるところも厄介である。
「何ぼーっと突っ立っている。ハヤ以外は、早く帰れ。四界間は既に安定している」
 ライアルの言葉を素直に聞いた三人は、すぐに魔法学校に戻った。三人に紛れて、ハヤも消えようとしたのだが、ライアルはそれを阻止した。実力行使で腕を抑えつけたのである。
「アン、ありがとう。礼はする」
 ライアルは、三人が消えた後、自分の国のいざこざ解決に、手を貸してくれた"妖界王太子"に、ライアルは礼を言う。ハヤの、痛い、という声は無視して、更に力を込めるかのように血管を浮き立たせる。
「良いわ。あなたは悪くないもの」
 アンは、さらりと言って、不気味に笑う。アンは、ライアルよりもあることを知っている。そのため、ライアルの見えないものも見えている。
 何故、最初から氷の国は派兵したのか。霧の国が負けるという保証すらないのに関わらず、何故そのようなことをしたのか。
 氷の国の領主は、雷の国を確実に滅ぼし、跡継ぎのいない火の国の領主を殺害しようとした。それは非常に難しい。しかし、彼がそれをしようとしたということは、勝算があったということだ。武人として有名なライアルを潰し、火の国の軍隊を破り、クロウを殺す。それだけではない。四楼キナに致死量では無い毒薬を投与する。今滅びたセイハイの血を引くキナが、どれだけの毒で死んでしまうのか、ということを氷の国の領主が知っているはずがない、
 アンは、ライアルが事後処理に向かったのを確認すると、呟く。
「氷の国が突発的にこんなことをするかしら……勝算があったのでしょう。マラボウストーク、妖界騎士の名を持つ氷原の翼よ。何食わぬ顔で笑うあなたが恨めしいわ」
 妖界騎士。それは、妖界王の騎士、氷の精霊シンスを指す言葉。王と王太子がそれぞれ持っている、二柱の精霊のうちの一柱。

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