Unnatural Worlds

雷鳴の領主

023

 教えてくれないんですよ、とジェンは笑う。しかしすぐに、気になることがあります、と話を切り出した。
「そもそも、セイハイのような特殊な力を持つ民は、血を混ぜるのは好みません。ですが、一つだけ、分かることがあります」
 ジェンは、かたりとマグカップをコースターの上に置く。
「ライアルは読み書きができない魔界人です。魔界の人口半分以上は、読み書きができません。それは、教育どうこうという問題ではなく、読み書きをする能力を持たない者たちが、人口の半数以上を占めているのです」
 ジェンは教師の癖なのか、いつもすぐには確信を言わない。相手が生徒だから、というのもあるだろうが、まるで誘導するかのように話す。
「何が言いたい?」
 まどろっこしいことを言うジェンに耐えきれず、パークスは尋ねた。
「遥かなる大地には文字がありません。それは、遥かなる大地の民が、読み書きの必要が無く、読み書きができない民だからです」
 パークスも、ジェンの言ったことは知っていたが、それとあの姉弟は、今までずっと結びついていなかった。
「ライアルは遥かなる大地の民と、セイハイの混血だと?」
 パークスが尋ねると、ジェンは頷いた。
「領主国では、混血を作らないように、と国を挙げての統制がありますが、領主国が認識していない人々は、それに含まれません」
 それには、パークスも思い当たることがあった。
「確かに、魔界人は出身国を名乗るが、四楼キナもライアルも、自分の出身国は、名乗ったことが無いな」
 国と、それを構成する民族意識の強い魔界人。それなのに関わらず、ライアルもキナも、初対面の時に、出身国は名乗らなかった。そして、明らかにセイハイではない色彩と、少し強い人間、とだけでは片付けられないような身体能力を持つライアル。
 彼らが、部族が共存し、協力し合って生活する遥かなる大地の人間の血を引いていたとしても、誰も否定はできない。


 ライアルから連絡を受けたクロウは、ゆっくりと息を吐いた。動揺はあったが、クロウはすぐに同盟国に連絡を入れ、ライアルを入れての会談の日程を調整する。そうして、一段落ついた後、軍を直ちに撤収させる。
 火の国の領主クロウは、妖界王太子アンよりも、夜明けを知っている。それは、彼女とマラボウストークが旧知の仲であることに因るものである。
 かつて、マラボウストークは、クロウの従者だった。
「マラボウストーク、もう、あの男の好き勝手に勝手にはしません」
 氷使いの話を聞いて、それがマラボウストークの仕業である、とクロウは確信していた。勿論、ライアルには言っていない。
「私の騎士が、次、馬鹿なことをしたら、私は容赦無くライアルを殺させて頂きます」
「ライアル様を、ですか?」
 シキは、目を細めて、主に尋ねる。
 クロウは、ライアルを可愛がっている。まるで、年の離れた弟のように可愛がっている。そして、彼女はそれを隠さない。
「あの男は、ライアルを目に入れても痛くないぐらいに可愛がっていましたから」
 ライアルが覚えているかどうか、クロウは確認したことはない。しかし、顔を正確には覚えていないとしても、名前ぐらいは覚えているだろう、とクロウは思っている。
 マラボウストークは、幼いライアルに魔法を叩き込み、ライアルに潜む魔力を呼び起こしたのだ。その過程で、ライアルはマラボウストークに懐いたし、マラボウストークも、ライアルを可愛がっていた。
 クロウは知っている。マラボウストークは、壊れているが、全壊はしていない。鮮やかな青い瞳に影を走らせて、ライアルを見るマラボウストーク。彼の行動が、ライアルに制限されていることも、ライアルが鍵を握っていることも、クロウは知っている。
「ライアル様も関わっているのですね」
 シキは、領主になってまだ数年しか経っていない、子どもといっても差し障りのない年齢の領主の姿を思い浮かべているのだろう。
「戦場の中心に産み落としたことを恨むだろうか」
 火の国にある、魔界の首都、魔法の町は、青空の下にある。高い建物などない魔界。青空は、延々と続いている。その永遠と続く空の下で、ヴァンパイアの女王が呟いた言葉は、明らかに、彼女の物ではなかった。
「ライアルの母が言った言葉ですよ」
 ライアルの母親。彼女は強かったのだろうか。彼女の強さは、大切な人を守り抜いた美しい女剣士には遠く及ばないような程度の物だった。古の時代、夢を追い続けた剣士のような、強い精神を持っているわけでもなかった。
 ライアルの母親は戦っていた。だからこそ、ライアルは否応無しに戦いに巻き込まれる。
「酷ですね。ご本人は気付いていないのでしょうに」
 ライアルの母親と、彼女の抱えた事情の一部を知っているシキは、そう言わざるを得なかったのだろう。

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