Unnatural Worlds

雷鳴の領主

024

 ライアルは、雑務に追われ、本領発揮している暇はなかった。慌しく走り回るライアルに、ジェン、パークス、リリーの三人が胸を撫で下ろしたのは、言うまでもない。
 それも一段落ついた後には、怒りも収まっていた。
「なぁ、リリー。セイハイは、四界の意思を聞けるんだよな」
 ライアルは、妖界王、妖界元帥、妖界騎士の三強について書かれたページをパラパラ捲りながら、息を吐き出すかのように言う。本は読めなくとも、親友であるリリーが勉強すると言っているので、お付き合いをしているつもりである。
 何を言っているの、とでも言うように、リリーが振り返る。当然、その反応はライアルの予想通りだった。
「普通、声が聞けるっていうだけで、タダで力を貸したり、知恵を与えたりするだろうか」
 ライアルは、人間には見えない美しい参謀の写真をなぞりながら、用意していた言葉を続ける。
「私も変だと思うわ。そもそも、四界って何なわけ?」
 リリーは素直に目を細めた。
 ライアルは、そんなリリーをいつも好ましく思っていた。彼女にとって、一番重要なのは、本にかかれた知識でも、証明された原理でもない。彼女自身の感覚である。それは、危険でもあるが、このような「当たり前のこと」を疑うような話をする時、彼女は一番の話し相手である。
 彼女は、ライアルが予想もしていなかったようなことを思いつく可能性が非常に高い。
「そして、突然現れたセイハイなぁ……表舞台に現れるまで、どこで何をしていたんだろうか、私の祖先は……」
 そして、ライアルの期待通りに、リリーは動いた。
「まるで、"四界のために作られた"みたいじゃない?」
 細められたせいか、空色の瞳には影が掛かる。
「四界のために作られた……か」
 もし、そうだとしたら四楼キナは、四界の道具でしかない。そして、そうなれば、この四界は、生きてはいない者たちによって支配されていることになる。生きてはいない者、それはすなわち、四界。
 ライアルは、現在行方不明と言われている妖界元帥の絵を見た。妖界元帥の地味な容貌に似合わぬ鮮やかな青の双眸。ふと、隣の妖界参謀の華やかな絵を見れば、その双眸の色は、やはり鮮やかな青だ。
 容貌によって瞳の色の印象はかなり変わるな、と思いながら、ライアルはリリーを見た。目の前で、真剣にレポート用紙を睨みつけているリリーは、綺麗な空色の瞳を持っている。
 そういえば、レポートの宿題があったな、と思い出したが、読み書きのできないライアルには、関係のないことだった。勿論、ジェンはライアルに対して宿題免除などしない。
 妙なところで堅物な教師を思い浮かべる。彼の瞳は深い藍。
 周囲に青系統の瞳を持つ奴が多いなぁ、と思いながら、確かに色々な意味で、変な力を持ってする人間が多いな、と気付く。しかし、ライアルは、それ以上を考えることはしなかった。
 それを後悔することになるまでに、それ程時間は掛からなかった。


 暗い世界は変わる。歴史は動く。しかし、それを見ることは叶わない。愛すべき人間が動き出す。人間は、尊厳を勝ち取る。
「ランシア・スカイアイ、エフィア・ストアライト、スフィア・ストアライト、カナン・レインアイ、よく聞きたまえ」
 高々と、そして朗々と、一人の"人"は声を上げる。
「私は負けてなどいない。貴殿らにとっては、たった二十年。私が何も残さずに、この大地を踏みしめてきたとは思うな。この世界は変わる。時代は大きく動く。もう、貴殿らには止められまい」
 夜の君主は叫ぶ。差し込む光に抗う。


 夜の君主。彼女の強さは、大切な人を守り抜いた美しい女剣士には遠く及ばないような程度の物だった。古の時代、夢を追い続けた剣士のような、強い精神を持っているわけでもなかった。
 それでも彼女は夜の君主だった。彼女は命尽きるまで、種をばら撒きながら、戦い続けた。
 そして、彼女の死から、十数年後。無謀な戦いを申し込んだ夜の君主に負けず劣らず、救いようもない馬鹿な"人"が、動き出した。

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