Unnatural Worlds

勇気の色

026

 ライアルは、妖界王と会ったことはない。妖界王太子ならば、会ったことあるどころか、一日中一緒にいるのだが、その父親には会ったことがない。
 基本的に、魔界人は三度の四界大戦を引き起こし、魔界を火の海に変えた妖界王を恨んでいるが、ライアルは妖界王に悪い印象を抱いていない。妖界王と言うよりも、妖界に対して、悪い印象を持っていないのだ。
 妖狼王レン。ライアルの育ての親は、そう呼ばれていた。妖狼の中の王。しかし、彼は、仲間に裏切られ、王の座を追われた。レンが、何故ライアルを育ててくれたのか、ということをライアルは知らない。魔界人であるライアルの両親が、妖狼王と接点を持っていたという可能性は極めて低い。そのようなことなど、ライアルは一度も考えたことがなかった。
 とりあえず、ライアルは妖界に悪い印象を持っていなかった。これが、ライアルの数少ない、"魔界人らしくない"点であった。
 しかし、ライアルはアンから、妖界王はどのような人物かを聞いていた。厄介で、人の話を聞かず、面白いことが大好きな王。妖界王太子は、父親のことをそう評していた。
 ライアルは、アンの言葉が正しかったことを悟る。
「王よ、待たせた。しかし、突然の訪問だったな」
 応接室にどっかりと腰かけ、杯を仰ぐ男。浅黒い肌に赤茶色の髪は、サリーとよく似ている。
 キナの言葉に、その男はこちらに顔を向け、ゆらりとした笑顔を浮かべた。
「どうせ玉座に座っているだけの暇人なのだから、別に構わない。城にいるよりも、退屈はしないからね」
 ところで、と言いながら、妖界王はライアルの方を見た。
「不仲を騒がれる弟君かな?」
 サリーとよく似た容姿で、アンとよく似た雰囲気を持った王の目が、ライアルを捉える。
「四楼キナの実弟、ライアルです。御目にかかれて光栄です。魔界雷の国の領主故、魔界代理指導者とは、仲が良い悪いなどありません」
 まさか護衛なのに関わらず、話かけられるとは、と思いながら、ライアルは自己紹介をした。最後に嘘をつけ加えるのを忘れずに、やんわりと笑みを浮かべる。
「姉と違って両親によく似たね。色彩は母譲りで、顔は父親そっくりだ。アン好みだろうな」
 すると、姉との仲については一言も触れずに、全く違うことを話し始める。ライアルは、よく言われることを愛想笑いで聞き流す。
「いい加減にしろ。何があって呼び出した?」
 キナが苛立った声で尋ねた。しかし、尋ねると言うよりも、急かすという方が正しいのだろう。キナは、王が自分を訪ねてきた理由を知っている。
「アンは元気かな? 一応、世継ぎだからね。心配はしているんだよ。四楼に虐められていないかとか、ちゃんと友達はできているのかとか、心配は絶えないのだよ」
 妖界王は四楼の言葉を見事に無視した。ライアルはもう、苦笑いを浮かべるしかない。
 アンがこの場にいたならば、むしろ虐められているのはライアルよ、と言ったに違いないが、虐められているとは思っていないライアルが、そんなことを想像するはずもない。意外と愉快な人だな、と思いながらも、どちらかというと王が美味しそうに飲んでいるリンゴジュースの方が気になっているようなライアルである。
 何故、リンゴジュースだと分かったか。それは、妖界王の目の前に置いてある大きな瓶に、リンゴジュースと書いてあったからである。そして、そのリンゴジュースの瓶は、半分以上がなくなっている。
 開封済みのリンゴジュースを王に出すはずがない。相当大きな瓶だが、妖界王が全て飲んだのだろう。それと併せて、嬉々としてグラスを口に運ぶ姿に、余程気にいっているんだろうな、とライアルは思った。
「先日は、アン王太子殿下とサリー王女殿下を魔界に案内させて頂いたところです」
「ライアル、黙れ」
 ライアルは、キナに叱られ、悔しい気持ちは一切なかったが、どちらかというと姉に申し訳ない気持ちになった。しかし、王の言葉に答えないわけにもいかなかったのだ。
「不仲とは本当のようだな。十も離れていれば、仲が良くても良いものを。ああ、私の娘は、仲が良かったぞ」
 あれは仲が良いというのか、とライアルは思った。しかし、決して悪くはないのは事実だった。アンとサリーは喧嘩をしない。サリーが半ば呆れ気味と言うこともあるだろうが、二人はなんだかんだ言って、一緒に行動することも多い。
 まぁ、自分と姉の仲と比べたら、どんな兄弟も仲が良いだろう、と思うライアルとキナの姉弟仲は、最悪だ。
「いい加減にしろ。数千年を生きている者は、十"も"とは言わないだろう」
 "妖界"王家成立後、数千年を支配する初代"妖界"王は、
「ところで、このリンゴジュースは非常に美味しいね。どこから、取り寄せたのかね。ああ、私はリンゴジュースが大好きでね……」
 リンゴジュースが好物だったんだ、とライアルは純粋に驚いていたが、それはライアルがただの護衛だからである。忙しい身でありながら、時間を作って王と会っているキナは、たまったものではない。
「コウル王っ、いい加減にしろ」
 キナがついに声を荒らげる。すると、妖界王は、やれやれといった様子で、溜息を吐いた。
 当然のことながら、ライアルは、やれやれはどっちだ、と思った。
「天界が開戦の準備をしていることは知っているだろう」
 ライアルは、それだけで、二人の話の内容を理解してしまった。天界が開戦準備をしている。だから、天界の開戦準備が終わる前に戦争を始め、短い間に戦争を収めるか、それとも、天界が開戦準備を終えるまでに、天界を説得するか。どちらを選ぶのかを、四楼に尋ねているのだ。
 四界大戦は再び幕を開けるのだろうか。
 ライアルは表情を強張らせる。戦争はいけない、などという理論が通じる世界では無いことは、己自身が良く分かっていた。
「私は、魔界領主国がどうなろうと知ったことではない。だが、遥かなる大地は困る」
 妖界王はそう言った。
「城壁は壊れるためにある。城壁のために、城を壊すとは、愚かなことだろう」
 妖界王の言葉に驚いたライアルは、キナの表情を見た。キナは、少し考えさせてくれ、とだけ答えた。しかし、ライアルが見たかったのは、キナの戸惑ったような表情ではなかった。キナが、自分の知らない言葉を理解しているか否かである。
 キナは理解していた。ライアルは、そう判断した。
「ところで、リンゴジュースはどこから……」
 しかし、真面目な話をしても、未だリンゴジュースの出所が気になる妖界王。
「帰れ。黙って帰れ。次来た時にも出してやるから、帰れ」
 キナに帰れと連発されると、妖界王は、しょうがないな、といった表情をした。
「では、明日も来るよ」
「何のために来るんだ」
 キナが苛立った声で尋ねる。
「リンゴジュースを飲むためだ」
 当然のことを何故聞いてくるんだ、とでも言うように、妖界王は即答する。ライアルは、隣に立っている姉の危険な雰囲気を感じ取り、何とかしなければと思った。
「陛下に何度も足を運ばせるのは気がひけます。私がお届けに参りますので」
 ライアルは、思いついたことを提案する。毎日、こんな王に会っていたら、キナは爆発する。もう既に爆発しているのだが、取り返しのつかないことになっても困るのだ。
「そうか、それでは待っているよ。ところで、お前の姉は、リンゴジュース……」
「とっとと帰れっ」
 キナが再び声を荒らげる。キナは、何度、帰れと言ったのだろうか。しかし、妖界王は全く気にも留めない様子で、漸く姿を消した。
 額を抑え、倒れこむようにしてソファーに腰かける姉に、ライアルは、四楼も大変だなぁ、と思った。その上、魔法学校の慰霊祭も近いのだから、姉も忙しいだろう。
 そして、城壁と城という、王の言った隠語の意味を考えながら、ライアルは教室に戻る。ライアルとて、全てを知らされているわけではない。否、ライアルの知っていることなどほんの一部。知らされていることなど、皆無に等しかった。

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