Unnatural Worlds

勇気の色

027

 四界大戦。それは、今までに三回あった。
 第一次四界大戦と第二次四界大戦、そして、第三次四界大戦の間には、大きな違いがある。それは、犠牲者の数と内訳である。
 第一次四界大戦と第二次四界大戦では、兵士が多く死んだ。天界と妖界の代理戦争である魔界の民族紛争でも、犠牲者の多くが兵士だった。しかし、第三次四界大戦は違った。この大戦で犠牲になったのは、魔界の民であった。そして、その犠牲者の数は、夥しいものだった。六十年以上経った今でも、魔界の人口が戻らないほどのものだった。
 様々な原因があるが、その中でも一番大きな原因は、魔法の発展である。そして、その切欠となったのが、魔法原理学と名付けられた学問。魔法の原理を解明する学問で、妖界王太子騎士のアズサによって開かれた。
 この学問自体も、魔法の発展に貢献した。しかし、それ以上に、魔法を研究するという考え方が生まれたのだ。それによって、手探りで使われていた魔法は、大きな進歩を遂げる。勿論、それらは恩恵を齎した。しかし、それと同時に、史上最悪の犠牲者を生み出したのだった。
 アズサは、未だに自分を恨み続けていると言われている。


 ライアルは、四界大戦勃発危機にあることを、誰にも話すな、とキナに口止めされた。ライアルも、それは当然のことだと思った。ライアルは、誰にも言わなかった。
 しかし、妖界王にリンゴジュースを届けに行くことは、皆に言った。反応は様々だった。
「ふふっ、私は絶対に行かないわよ」
 アンは、一番最初にそう言った。ああ、相当苦労していたんだな、とライアルは思った。
「妖界城ねぇ……お母さんが駄目っていうかも……」
 リリーはそう言った。ライアルも、天界議員の娘であるリリーを連れて、のこのこと妖界城に参上する気にはなれないので、有難かった。
「妖界城ですか? 着いていきますよ。あなただけでは心配です」
 しかし、ジェンは目を輝かせて、着いていきたい、と言った。ライアルは苦い顔をした。キナは、ジェンを妖界城に行かせたくないだろう、とライアルは思っていた。そして、ライアルの読みは外れていない。
「授業もありますが、大丈夫です。ついていきます」
 何が大丈夫なんだ、とライアルは思ったが、穏やかなジェンがどれだけ頑固なのかを知っているため、強くは止めなかった。どうでも良いと思っていたわけではなく、何を言っても無駄だと分かっていたため止めなかったのだ。
 妖界王太子の仕掛けた数多のトラップに挫けぬ男は、そう簡単には折れてくれない。
「慰霊祭も近いんだろう。教師は忙しいと聞いているが……」
「僕は特別教室の教師ですので」
 ジェンは普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべる。
「姉さんにちゃんと許可貰えよ」
 ライアルは、さりげなく言ってみるが、ジェンは笑顔のまま答える。
「僕も十九ですから」
 確かに、十九にもなった男が、一々、師に判断を仰ぐのはおかしい。
「陛下がお怒りになるかもしれないが、良いのか?」
「リンゴジュースを二倍持っていけるのですから、悪い顔はなさらないでしょう」
 ライアルの言葉に、間髪入れずにジェンは答える。妖界王本人を知っているのか、というような的確さに、ライアルは頭が痛くなった。
「楽しみですね。僕、陛下にお会いするのは初めてなんですよ」
 楽しそうな表情を浮かべるジェンに、ライアルは心の底から溜息を吐いた。ジェン関係のことで、姉の被害を被るのは自分だし、何よりも、姉のためになりたい、とライアルは思っていた。


 サリーは独自で様々なことを調べていた。できる限り、人間と関わらないようにしているサリーだが、自王家に関わることを知らないというのは、間抜けに思えた。しかし、妹姫に聞いたところで、教えて貰えないことは確実である。
 そうなると、聞くべきはキナなのだが、キナは警戒心が強い。彼女も教えてはくれないだろう、と考えたサリーが尋ねたのは、ライアルだった。
「ライアル、あなたはサク・セイハイを知っているのかしら」
「ああ、知っているさ。セイハイ最後の当主の長男だろう」
 昼食のバイキングで、豆を山盛りによそっている妹の友人は、さらりと答えた。
「マラボウストークは?」
 サリーが尋ねると、ライアルの表情が僅かに明るくなった。
「マラか。知っているぞ。背の高い金髪の兄ちゃんだろう」
 兄ちゃん、というには老けている気がしないわけでもなかったが、サリーは妹と違って、そのようなことを口に出すような性格では無いので、さらりと流した。
「二人の関係は?」
 すぐに次の質問を投げかける。
「知り合いとか言っていたぞ。私は昔、マラに魔法を教えて貰っていたからな……あいつと戦ったことがあるか? 無茶苦茶強いぞ」
 どのぐらい強いかについて、ライアルは語ってくれた。天才氷使いの少年の氷魔法を片手で止めながら、料理をしたり、ライアルとお喋りをしたりしていた、とライアルは言った。それは強い強くない以前に、器用不器用が関わっているような気がしたが、サリーは黙っていた。
「ところで、サリーは何故知っているんだ?」
 きょとんと首を傾げて尋ねてくる。サリーは、こんなに可愛い弟なのに、姉は何故邪険に扱うのかしら、と思った。妹がアンというよりも、弟がライアルという方がずっと良い。
「妹が言っていたの。妹が同窓生だって」
 サリーの何気ない言葉に、ライアルの表情が変わった。急に真剣になったライアルの表情に、サリーは驚く。どうしたの、と尋ねる前に、ライアルは言った。
「サリー、二十数年前、魔法学校で事件が起きたんだ。知っているか?」
 サリーは頷いた。
 二十数年前、魔法学校全ての生徒と教師が殺された。毎年、その日には慰霊祭がある。その慰霊祭は、来週に予定されている。
「魔法学校全ての生徒と教師が殺された。そんなことを世界人ができると思うか?」
 その言葉で、サリーは漸く、ライアルの言っていることの意味が分かった。
「私たちがこの学校に来る前、異界人が誰一人いなかった、と言い切れるか?」
 言い切れるはずがない。サリーにも思い当たることがあった。
「サク・セイハイが死んだのは、十二年前。そして、その同窓生であるアンも生きている。妖界にも魔界にも学校はない。そうなると、この魔法学校の同窓生と考えるのが適当だろう」
 ライアルはそう続けた。さらさらと論理を並べていくその顔は、魔法学校特別教室最年少の悪戯っ子ではない。
「何よりもアンは妖界王太子であり、サク・セイハイは……」
 ライアルの言葉を聞いたサリーは思った。その二人ならば、簡単に人を殺せるだろう、と。アンは妖界人。人間を傷つけるのに、全く罪悪感を覚えない。それは、誰よりも、サリーがよく知っている。
「サリー。詳しく調べているなら、私も参加させて貰えないか。私は、何も知らない気がするんだ。両親の顔も覚えていないし、両親が何者だったかも知らない。マラには世話になったが、あいつが何者であるかは知らない」
「そうね、一緒に調べましょう」
 妖界王太子のお気に入りと、世を避けていた妖界王太子の妹。夜明けに関わる少年と、夜明けに関わらぬ少女。二人は手を結ぶ。

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