Unnatural Worlds

勇気の色

032

 魔法学校に特別教室ができたのは最近のことだ。魔法学校は、ライアルたちの入学と同時に作られたのだ。そのため、それ以前に魔界人や妖界人が魔法学校にいたとしても、彼らは一般の世界人の生徒と同じ扱いになる。
 アンの紅い髪はとても珍しい。そして、ライアルはサクが銀色の髪に青色の瞳を持っていたことを知っている。それらの色彩は、世界人に幻想を抱かせると同時に、異質な物であると思わせる。魔法学校に集まるのは、十代の若者たちだ。彼らが、異質な存在とどう向き合うのか。それはライアル自身がよく理解している。


「僕はこの色が好きだよ。妖界王家の讃えるべき色だ。僕の出身地では紅い色は生命と勇気の色なんだ。そして、あんたらしい色だと思うよ、姫様」
 少年は隣に座る少女の紅い髪を見ながら言う。しかし、少女はいない者と見做しているかの如く黙々と食事を続ける。
「それならば、サクさんは差し詰め死の色ということですか」
 向かいに座っていた科学者としてその名を馳せる少女は、さらりと毒を吐いた。世界では黒髪黒眼が最も多い。そんな平凡な色彩の少女が銀色の髪に鮮やかな青色の瞳を持つ少年に向かって言う言葉ではなさそうだが、少年は否定することはなかった。
「アンさんに近付かないで下さい。理由はご自分で分かっているでしょう」
 そして、少女は容赦なく追い打ちをかけた。しかし、少年は動じない。
「あんただって、自分の好きな色が否定されたら腹立たしいだろう、東の冷たき魔法使い殿。そして、あんたの出身地であるニホンも、赤のイメージは同じではないのかな?」
 くすくすと笑いながら、東の冷たき魔法使いと呼ばれた少女に問う。魔法使いは、不快そうに表情を歪めた。
「何故、あなたがニホンを知っているのですか?」
 魔法使いがそう尋ねると、魔界人の少年は笑った。
「ここは魔法学校。僕たちの領域の中で、唯一世界の書物が読める場所だよ。読まないはずがないだろう」
 青い瞳に銀色の髪というセイハイらしい色彩を持ちながら、平凡な顔立ちをした少年。


 何故、アンとサクが魔法学校にやってきたのか。そして、何故、自分たちが魔法学校に集められたのか。世界であればどこでも良かったはずだ。態々世界人も集うこの場所に、三界の生徒を集めたのだ。それには理由があるはずである。
 ライアルは自室に戻ると、バスケットをひっくり返した。
「起きろ、スザク」
 バスケットから落ちてきたのはスザクである。もぞもぞと動き始めるスザクは、怒ることなく尋ねる。
『どうしたの?』
「魔法学校にかけられている言語統一魔法と、三界にかけられている言語統一魔法は同種のものなのか?」
 ライアルよりもずっと長生きしている妖蛇は呟く。
『同じものだよ』
 言語統一魔法は、セカという魔界出身の優秀な魔法使いの手によってかけられた。妖界、天界、魔界の各民族はそれぞれ固有の言語を持っているが、会話をする時はこの魔法によって統一言語に変換される。当然、世界は言語統一魔法はかけられていない。
 この精神に大きく食い込む複雑な魔法は、セカ以外の人間がかけることができないと言われている。
 そして、世界に三界の者たちが自由に入ることはできない。三界の者が世界に入るためには、妖界王並みの力が必要だった。現在は四楼キナに認められた者も出入りが可能であるが、長い間、世界に異世界人が入ることはなかった。
「魔法学校は、世界のものではないということか」
 ライアルは呟いた。
『どういうこと?』
 意味が分からないスザクの言葉を無視して、ライアルは低い声で言った。
「姉さんや妖界王、天界議会はこのことを知っていたのか?」
 世界は、四界大戦に関与していない。四界大戦に巻き込まれたとされている。妖界にしろ天界にしろ、魔界にしろ、四界大戦に関与している地域には不都合が起こるのだ。しかし、世界には三界の存在を認識していない世界人がいる。そして、言語統一魔法がかかっていない。
『スザクは、ここに来る前に魔法学校の存在を知っていたか?』
 スザクは首を横に振った。
「スザク、旧棟に行ってくる。夜には帰るから」
『スザク、行かなくて良いの?』
 そう尋ねるスザクは、行きたいと言っているのだ。しかし、ライアルは首を横に振った。
「悪いな、スザク。アンかサファイアが来たら、旧棟に行っていると言ってくれ」
 アンはスザクの言葉が分かる。サファイアは魔法学校特別教室の生徒で、聞こえる周波数の範囲が他の人間よりも遥かに広い。メモを書くにも、読み書きのできないライアルには、スザクを残していく方法しかない。
 ライアルは、旧棟の鍵を持っている姉を探し出し、旧棟の鍵を借りた。調べたいことがある、という言葉に、キナはすぐに許可を出した。


 リリーとアンが初めて会ったのは、魔法学校特別塔ができた日だった。
「魔法学校ってお城みたいね」
 天界議員の娘は、紅い髪の美しい妖界王太子に臆せず笑いかけた。
「ふふ、面白いことを言うじゃない」
 妖界王太子は一瞬驚いたような表情をしたが、誰にも気づかれることななく、すぐにいつもの笑顔を作った。
「ここは誰が作ったのかということも、何のために作られたのかということも分かっていないのよ」

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