Unnatural Worlds

勇気の色

033

 アンはライアルを探していた。いつも彼がいる木の上にも部屋にもいない。アンはライアルの部屋にまて入った。当然のことながら、少々の魔法ではびくともしない鍵がかかっているが、アンはその程度の鍵ではすぐに開けてしまう。
 因みに、ライアルを叩き起こしに行く任務を負っているジェンは、スペアキーを持っている。つまり、かかっていてかかっていないような鍵なのだ。
 アンは部屋に入るとすぐに、スザクから事情を聞いた。スザクから事情を聞いたアンは、すぐにライアルの部屋を後にして、ライアルの姉を探した。
「ライアルが一人で旧棟に入るのを許したの?」
 慰霊祭の準備を整え、一服しているキナに詰め寄る。
「あいつの勝手な行動だ」
 面倒くさそうな表情を見せるキナに、アンは冷たく言い放った。
「信じられないわ、キナ」
 そう言い捨てると、さらに続ける。
「あなたは賢いけど、もう少しまともな人間になるべきだったわね。美しいお人形さんは卒業したらどうなの? 愚かなセイハイが」
 キナは、魔法学校の旧棟についての事情を知っている。アンも知っている。しかし、他の者は知らない。知る必要がないのだ。旧棟の危険は少ない。
「愚かなのはお前だ、アン。何故、セイハイのなり損ねに固執する」
 キナがそう言った瞬間、強い光が窓から差し込み轟音が響いた。雷である。流石の二人も窓の外を凝視した。
 しかし、アンは何かを悟ったかのように動き始める。
「キナ、あなたは本当に可哀想な子ね」
 アンはそれだけ言い捨てると、踵を返した。向かう先は、魔法学校の旧棟。誰も足を踏み入れないはずの場所だ。


 アンとキナが話している最中に、慰霊祭は始まった。薄暗くなった食堂に蝋燭の灯がともる。その直後、真昼のように辺りが明るくなり、すぐに地響きがなった。雷である。
 厳かな雰囲気だった食堂は混乱した。女性の叫び声が響き渡る。
 雷に慣れているジェンは冷静だった。何故、いきなり雷が鳴り始めたかということは、考える前から分かっていた。雷を操る人間はただ一人である。しかも、その人物には前科があり、現在暇を持て余しているに違いないため、動機も十分にある。
「こんな洒落にならないことをするなんて」
 少々のことならばジェンも我慢する。しかし、慰霊祭で悪ふざけはいただけない。ジェンは、慰霊祭のことは他の教師に任せ、ライアルを探して走り回る。
「サリー、ライアル知りませんか?」
 玄関から塔の中に入ってきたサリーにそう尋ねる。
「森の中に走って行ったわよ」
 日が暮れかけているため、寒さが嫌いなライアルが森の中でじっとしていることは考えにくい。ふと、顔を上げると、旧棟が見えた。寂れた旧棟には鍵がかかっており、誰も入ることができないはずである。誰も入ることができないということは、誰も用がないということでもある。
 しかし、暗い塔には明かりがついていた。
 ジェンは旧棟に向かって走った。


 アンが立ち去ったあと、キナの体にキナしか聞くことのできない声が響いた。
『大丈夫ですよ、キナ。あなたには私が付いていますから。裏切り者王家の王太子の言葉など、気にしなくても良いのです。あなたはとても優秀です。私たちはあなたを必要としているのです』
「ありがとう」
 キナは微笑むと、ゆっくりと椅子に腰かけた。
『時が来たら、見返してやりましょう。あの王家も、天界議会も、そして、あなたの両親も』
 疲れたような弱々しい表情を見せるキナに、労るような優しい声が紡がれる。


 ジェンは森の中を走り、旧棟に向かった。旧棟の古臭い扉は半開きだった。普段は閉まっている旧棟の扉だ。中に人がいることは確実である。
「ライアル、出て来なさい」
 声を張り上げながら旧棟の扉を開けると、石造りの玄関が広がっていた。床には真紅のカーペットが広がっており、汚れ一つなかった。悪寒がするほど美しい玄関である。
 しかし、一歩を踏み出した時、空間が歪んだ。慌てて外に出ようと振り返れば、入ったはずの扉はなくなっており、その代わりに紅い髪が見えた。
「アン、あなたもライアルを探して……」
 扉だった場所に立っているのはアンだった。
「ハートレスボックスが仕掛けられていたのよ」
 アンはいつもの薄ら笑いを浮かべたまま喋り始めた。
「ハートレスボックスは罠。要となっている人間を破壊しないと出れないわ。趣味の悪い罠なのよ」
 アンはジェンの横を通り過ぎると、巨大な螺旋階段を上り始めた。ジェンはアンの後を急いでついて行く。
「要破壊型の罠ですか」
 人間を異空間に閉じ込める罠でも、特に強力な物が要破壊型の罠である。要を破壊しないと決して出ることができない。
「ええ、ただこの箱の凄いところは、要が死者なのよ。発動した人が看取った人間」
「本物ではないですよね」
 ジェンは不快そうに目を細めてそう尋ねた。
「作られた本物よ。理論は訊かないで。私も知らないわ。妖界王の頭の中なんて知りたくもない。流石の妖界王も、箱の中でしか再現できないようだけど」
 長い階段は続く。アンが足を止めることはない。
「とりあえず、も発動させたのはあなたね。私は発動させられないはず」
「ライアルは発動させなかったのですか?」
 ハートレスボックスを避けることはできない。たとえ、それが強力な魔力の持ち主であろうとも、要破壊型の罠だけは回避することはできないのだ。
「ライアルでは力足らずなのよ」
 ライアルと自分では、ライアルの方が力があるのに、何故力足らずなのか、とジェンは思ったが、ジェンが質問をするよりも前にアンは続けた。
「でも安心しなさい。巻き込まれているのは私とあなたとライアルの三人だから、あなたの両親が出てくることはないでしょう。私はあなたの両親に会ったことがないから」
 さらりとそう言い切ったアンにジェンは尋ねる。
「誰が要なのか見当はついているのですか?」
 あり得ないと言い切るためには、彼女がジェンの両親以外の誰かを予想している必要がある。
「ふふっ、勿論よ。ここに閉じ込められた三人全員が会ったことがあって、そのうち二人がその死を看取った死人が一人だけいるの」
 ジェンがアンに会ったのは、魔法学校が初めてである。ライアルとはキナという繋がりがあり、共通の知り合いがいたところでおかしくもないのだが、アンとは繋がりが見当たらない。
 敢えて繋がりがあるとすれば、それはライアルを介さなければいけない。
 様々なことを考えながら、ジェンは尋ねた。
「誰ですか?」
 すると、アンは黒衣を揺らして振り返った。
「サク・セイハイ。セイハイの当主になるはずだった男よ」
 その顔はにはいつもよりも遥かに好戦的で不敵な笑顔がのっていた。


 閉ざされた箱の中で、再会していたのは、緋色の髪の少年と銀色の髪の男だ。
「久しぶりだね、ライアル。大きくなったね、本当に」
 銀色の髪の男はゆらりと微笑んだ。ただその微笑は、決して人を安心させるものではない。
「ああ……そうだな」
 緋色の少年は、警戒心を潜めながらも、曖昧な表情でそう返した。

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