Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第一章 勇敢と優麗
葉の陰からの風




 ライアルは、その場を完全に立ち去ったわけではなかった。近くの木の上に飛び上がり、太い枝の先に座ってカシワを見ていた。
『ライちゃん、木登り上手〜』
「当たり前だろ」
 小声で囁くように言う。スザクは黒い体をぐるりと枝に巻きつけていた。
 カシワは風を起こしていたが、形にはならない。黒い髪が風に靡いている。緑の葉のざわめきは爽やかだ。
「必死だな」
『ライちゃんもそうだったよね』
 ライアルは、あそこまで酷くはなかったぞ、と笑う。ライアルこそ、今は優秀な魔法使いではあるが、最初は魔法が使えなかったのだ。
「流石に雷魔法は駄目だよな」
『でも、ライちゃん使えるのは、雷と炎と闇と光だから、大差ないと思うよ』
 ライアルだって、魔法に得意不得意はある。正直風は苦手だし、水なんてほとんど使えない。ライアルは、攻撃特化がされた魔法の方が強い。
「風でいくか」
 ライアルは溜め息を吐きながら言う。風魔法は、使えるもののコントロールがほとんどできない。元々コントロールが苦手な彼だから、それは顕著だ。
「風の刃」
 ぼそりと呟けば、勢い良く風の刃が飛び出す。近くの梢が切り落とされ、ぼとぼとと落ちてゆく。それは、カシワに迫っていった。
 大きな風の刃が現われた。森林の香りが漂う。特有の音と、カシワの驚いた声の後に、辺りは静寂に包まれる。
 ライアルはスザクを腕に絡ませて、軽く木から飛び降り、呆然とするカシワの目の前に着地した。
「使えただろ」
 にやりと笑ったライアルに、我に返ったカシワは怒鳴った。
「死ぬかと思ったぞ」
「あのぐらいで死ぬはずがない。大体、使えるようにしてやったんだ。感謝の言葉ぐらい・・・・・・」
 そう言い終わってから、ライアルはカシワの異変に気づいた。いつもなら言い返してくるはずが、カシワは黙り込んでいる。ライアルがカシワの考えに気づいたときにはもう手遅れだった。
「風の刃」
 ぐらりと僅かに空気が歪む。ほぼ同時に、風の刃が飛んだ。しかし、薄い漆黒のベールが現われ、風の刃を溶かすように吸い込んだ。濁っているが、闇のベールである。ベールは風を吸い込むと同時にゆっくりと消えた。
「本当に使える」
 カシワは嬉しそうに何度も頷く。ライアルは不満そうに言った。
「死にはしないが、私に怪我させるつもりか?」
「同じだろう」
 正論である。笑い始めるスザクを無視して、ライアルはカシワに背を向けた。最終的にカシワも笑い出す。
「お前、意外に子どもっぽいな」
「十四歳だ。文句あるか?」
 ライアルは捨て台詞を残して、木の上に再び飛び上がった。残されたカシワの周りには、爽やかな風が吹いていた。

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