ライアルたちは昼食を食べ終えた。結局何も食べなかったリィドを、ジェンは心配していた。リィドは、二人前食べたリリーを横目で見ながら、小食なんで、などと呟いた所為で、リリーに絡まれていた。それを軽くかわし、再び紅茶を飲み始めたリィドと目が合ったライアルは、一層、リィドを訝しげに見るのだった。
窓を見れば、黒い雲が空を覆い始め、紫電が走り始める。他愛もないお喋りは続く。
そんな時、いきなり扉が開き、しなやかな鳶色の髪の大柄の女性が、慌てた様子で入ってきた。
「領主」
「ローラ、どうした」
ローラと呼ばれた女性は、少女を抱いていた。ライアルは立ち上がり、ローラの前まで歩いていく。ローラに抱えられている少女の顔色は、良いとはとても言えない。ローラよりも淡い髪の色をしている幼い少女。
「いきなり森に現れたんだ。疲労しているだけかもしれないが、万が一のこともある」
ライアルは、一歩下がって隣にいたジェンを前に通す。
「僕が見たところでは、魔的な傷などはない感じですね。アンはどう思いますか?」
「疲労ね。魔力は生命を維持する最低限しか残ってないわ」
アンは相変わらず笑みを浮かべながらも、そう言った。
「よし、カシワ。お前の出番だ。勿論詠唱は分かるな」
苦笑いしたカシワに、ライアルは皮肉を言い、怒ったカシワをジェンが諌めながら、詠唱を教える。
「優美なる風よ、我が友に恩恵を与えよ、癒しの風」
「医療系は一発でできるんだな」
ふわりと流れる風は優しくて、仄かな緑の香りを秘めていた。すぐにその丸い瞳を開ける少女に、カシワは安心したかのような笑みを零す。ライアルは素直に誉めないものの、内心では感心していた。自分のできないことをできる人間は、自然と尊敬できる。
「こんにちは。ここはどこですか?」
「魔界雷の国領主の家です。私は現領主ライアル。あなたのお名前は?」
ライアルは、敬語話せたんだ、などと後ろで言っている人間を無視して、少女に丁寧に尋ねる。すると、少女は安心の所為か、溜息を吐いてから、静かな声ですらすらと説明を始めた。
「海の国、青海の森のエルフ族長、ヒスナの娘、カイリです。青海の森が魔物に襲われて、困っています。そこで、同じくエルフの森がある雷の国に援助を要請しに来ました」
ライアルは、腹が据わった子だな、と感心した。流石領主の娘である。リリーやカシワも驚いた様子で、何かを喋っている。
「残念ながら、本国のエルフには国境警備を担当して頂いております。ですので、私が直々に援助に向かいたいと思います。規模は把握しておられますか?」
「一師団程度だと思います。人型ではなく、言語も通じません。闇雲に襲ってくるところを見ると、指揮をする者もいないようです」
しっかりとカイリは答える。状況把握ができているということは、それなりに冷静に対応しているという証だ。
「一師団程度ならば、私の力で何とかできます。おそらく、海の国を襲うために仕向けられた軍隊ではないでしょう。相手は魔法を使用していますか?」
海の国を襲ったとしても、妖界に得することはない。指導者がいないところから、高確率で無差別攻撃か、本体から逸れただけなのかのどちらかだろう、とライアルは考えていた。
「魔法主体の者は少ないです。ですので、強力な打撃攻撃と身体能力に苦しんでいる状態です」
「それでは、早速向かいましょう」
ライアルはちらりと後ろを見た。展開に着いて来れていない人が若干二名。首を傾げながら、ジェンに状況を尋ねている。
「私は海の国に行く。先を急いでくれ」
振り返ってそう言えば、リリーとカシワは表情の変化を見せた。どういうこと、と尋ねる二人をそのままにして、ジェンが言う。
「僕たちも着いて行くことにします。貴方が欠けてしまえば、戦力的にかなり不安です」
それは正論だった。ライアルは自分の重要性を理解はしている。刃物を扱う人間は、自分とアンとジェンの三人。その中で、人型の敵が出てきたとき、容赦なく決定打を与えることができるのは、ライアルだけなのだ。
「アンが本気を出せばどうにかなる」
ライアルがそう返せば、ジェンは深い溜息を吐く。
「アンが本気を出してくれないから困るのです」
「私的にライアルに着いて行った方が面白い展開に……」
不気味に笑いながらアンが呟く。ライアルは心の中で、アンだからしょうがない、と片付ける。
「アンやジェン、リィドは兎も角、天界人のリリーや、世界人のカシワが介入するのは、危険性が高すぎる」
「そのぐらい気合でどうにかするわよ。ねぇ、カシワ」
リリーが隣にいるカシワに向かって明るく言う。カシワは、俺は、とやや俯きながら呟く。
「結局は、魔法学校よりも、国を優先させるんだな、って」
ライアルは、体の芯から嫌な物が浮かんでくるのを感じた。表情の変化を読み取ったリリーが、口を開こうとする。しかし、遅かった。
「弱い奴は黙ってろ」
ライアルは吐き捨てるように言い、カイリの手を取った。急に変わった雰囲気に、狼狽するのは、ジェンとリリーとカシワ。ジェンが口を開くより先に、草原色が強く光った。
「強制瞬間移動……ある程度瞬間移動が制限されている中、魔力だけで無理矢理こじ開けるようにして瞬間移動すること。ふふ、まさにこれね」
二人が消えた室内の、重苦しい一同の沈黙の中、アンだけが無気味に笑っていた。