ライアルとカイリが降り立った地、海の国の首都、水の守り神は、水路の張り巡らされた、美しい街だった。空は限りなく青く、煉瓦造りの家々や、水路を行き交う船は、誰もに好感を与えるようなものだった。
「すみません。お仲間に……」
カイリは申し訳なさそうに言う。ライアルは慌てて謝る。
「お気になさらずに。お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません」
ところで、青海の森とはどちらですか、とライアルが尋ねれば、カイリは、東に三十分です、と言って案内をしてくれた。
船を借りて町を進む。この水路の町を抜けるには、船を利用するのが一番楽だ。船頭の女性は、気前の良い女の人で、観光客を相手にするかのように、明るく案内した。
ライアルは気分が落ち着いてくるにつれて、嫌な気持ちがこみ上げてきた。仲間と打ち合わせもせずに離れたのは、適当だったとは言えない。ライアルにも、自分が欠けることによる高いリスクを重々承知していた。
船を降りてから、二人は広がる畑の中の道を歩いた。限りなく広がる青い空が、ライアルは憎たらしくてしょうがなかった。
『ライちゃん、顔怖いよ』
腕の周りで、もごもごと動きながら、恐る恐るそう言ってくるスザクを、ライアルは無視した。
『ライちゃんも悪くないよ。ライちゃん頑張ってるもん』
じわりと目元が熱くなるのを、ライアルは必死に抑える。
「何故、妖界王は魔界に軍を派遣したのでしょうか」
そのとき、ぽつりとカイリが呟いた。ライアルは。カイリに心から感謝した。
「妖界王は聡明な御方だと聞いております。妖界から魔界に……天界に宣戦布告することなく軍を派遣するなど……」
妖界は荒くれ者の多い世界だが、王は聡明である。天界が、魔界へ干渉した時ぐらいしか、妖界は魔界へ軍を派遣しない。
「よく言うでしょう。天才の言うことは分かない、と。おそらく、考えあってのことだと思います。しかし、この魔界に軍を派遣し、民を襲うなどということには、抵抗しなくてはいけません」
ライアル自身も良く分からなかった。アンの父だ。野暮な真似をする人間には思えない。歴史を見ていても、妖界はいつだって外交に消極的だ。政治的姿勢が変わり続ける天界と違い、唯一の王を頂点に据える妖界は、良くも悪くも安定している。よって歴史から見て、理由がなければ動かないことは確実である。魔法学校に軍を派遣するのは分かるが、魔界に軍を派遣する理由がない。
ライアルがそれだけ言って黙っていると、カイリは、そうですね、と微笑んだ。ふわりと風が動く。風は奥の森からひっそりと流れてきている。
すーっと流れてくる風の雰囲気が変わり、ライアルは一瞬目を細める。本能的に感じる感覚。
「お出ましのようです」
突風とともに飛び出してきた身体をレードで捕える。赤い血が地面に滲み、鉄の臭いが充満する。辺りの若葉の臭いは消え失せ、途端に世界は戦場へと化す。
ライアルはカイリを引き寄せ、手を動かした。辺りが眩い光に包まれ、呻き声とともに焦げ臭い匂いが漂う。周りに電気場を張ったのだ。目を細めて魔物の死体を見るカイリの落ち着きように、ライアルは感心した。
ライアルは困っていた。瞬間的に雷を正確な場所に落とすのは困難だ。となる、先程のように電気場を張るのが最も効果的だが、移動ができないという欠点がある。ライアルはぐるりと周囲を見渡した。
「雷殿、私もある程度は戦えますので」
「悪いな」
ライアルは再び手を動かす。ピシリと紫電が消えていく。ライアルはレードをしっかりと握り、感覚を研ぎ澄ませ、再び歩き始めた。