ライアルは、ピリピリと光る球を前方に投げつけた。現れるのは、黒焦げになり原型がない魔物の死骸だ。ライアルは森の中で、何度目かになるそれを見て、軽く溜息を吐いた。
森の中に入った二人は、異様な緊張感の漂う森の中を進んだ。途中で現れる魔物たちを、ライアルはなるべく雷の球を使って殺した。いつ出てくるか分からない魔物相手に、レードを使うのは賢明だとは言えない。
「もうすぐです」
カイリは、堅い表情のままそう言った。顔も声も強張っている。怪我はないものの、大怪我寸前にライアルが魔物を倒したことが、何度もあったのだ。
『ライちゃん大丈夫?』
腕の膨らみに目も向けずに、ライアルは黙って上を見る。木々の緑の狭間から見える青空は、異様に冷たい。歩き出そうとしたその時に、冷たい風は吹いた。
突然現れた気配に、ライアルはすぐにカイリを引き寄せ、周りに電気場を張る。魔物ではない人間の気配である。カイリとライアル自身の心臓の鼓動が入り混じり、乱雑なリズムを奏でる。静かで美しい森である故の異様過ぎる空間。
落ち葉を踏む、乾いた音が響いた。突然現れた、明るい金色をライアルは怪訝そうに見る。草大木の狭間から出てきたのは、鮮やかな金髪に黒い仮面で顔を覆った男である。
「誰だ」
ライアルはレードを握り締め、突然現れた仮面の男を睨んだ。どう見てもエルフには見えないし、ただものではない感じがしたのだ。
「私はカース。妖界軍の将軍だよ」
男にしては高めの声である。口元が弧を描く。
「待ってたよ……ライアル様、カイリ様」
ライアルは警戒を強めた。高確率でこの男は自分より強い、とライアルは思った。妖界軍の将軍といえば、四界一の軍事力を誇る妖界軍を率いる者。機知、力、魔法、全てに富んだ者にしか、その座につくことを許されない。この男の前では、電気場だってただの飾りである。
ライアルはカイリの肩をしっかりと引き寄せる。ぎゅっと握られた服の裾と、伝わってくる鼓動は、ある意味叫び声よりも深刻だった。
「大丈夫。カイリ様を襲うなんてことはしない。ただでさえ、私の方が有利なんだ」
焦るライアルと裏腹に、仮面の男は余裕の笑みを浮かべていた。
「その保障がどこにある」
ライアルは男を睨む。レードを握る手は汗ばんでいて、何時の間にか、腕はスザクに強く締め付けられていた。
「私が彼女を攻撃する理由もないだろう」
ライちゃん、と鋭いスザクの声が響く。ライアルは電気場を消し、カイリを突き飛ばした。次の瞬間、鋭い金属音が響く。
「妖界は何をしたいんだ?」
仮面の男のナイフをレードで抑えながら、ライアルは尋ねる。
「亡き夜の君主の願いは叶う。もう、激動の時代が始まっているんだよ」
一瞬空気が収束する。ライアルが気付いた時には遅かった。否、追いつける速さではなかった。何か砕ける音とともに、ライアルは肩に激痛を感じる。スザクとカイリの悲痛な声とともに、ライアルの腕が強く掴まれ、そこからさらに衝撃が走った。スザクの叫び声。ライアルは体勢を崩し、膝をついてしまう。
「蛇も封じさせて頂いたよ。何か最後に言いたいことは?」
赤味が差した視界に薄らと映る仮面の男。ライアルは肩を抑えながら、仮面の男を見上げる。ライアルは息を吐いた。どちらにしろ、カイリは殺されてしまう。
「壮大なる……」
数年間一度も使わなかった詠唱をライアルは小さな声で唱え始めた。仮面の男の顔色が変わる。ギラリとナイフが光った次の瞬間、男は視界から消えた。
「お待たせ、ライアルちゃん……」
どこかで聞いたことのあるような懐かしい声が響く。それと同時に、ライアルは温かい体温を感じた。