Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第二章 夜霧の道中
輝く意志は命の狭間に




 乗船が始まっていたため、ライアルたちは、すぐに船に乗り込んだ。銀色の船体は巨大だ。首都までは三日かかる。ライアルは三人部屋を二つ取った。勿論、ライアルはジェンとリィドと同室だ。今回に限っては、落ち着く部屋割りだ、とライアルは思いながら、フードも取らず、杖の手入れを黙々としているリィドを見た。
 未だに肩は痛む。
「リィド、相手、してくれないか?」
 部屋の隅で、荷物を片付けるジェンに聞こえないようにそう言えば、ふとリィドは顔を上げる。一瞬すっと目が細められる。
「別に、構わないけど……命、懸けて貰うよ」
「構わない。最初からそのつもりだ」
 ライちゃん、というスザクの悲痛な声を、ライアルは悪いと思いつつ無視する。リィドの前では喋らないと宣言したのに関わらず、言ったことを無視するのはライアルとて嫌だったが、ライアルにはやめる気は全くなかった。

 迫る氷の結晶に炎の球をあてていく。間に合わなかった時は、風魔法で軌道を逸らす。しっとりとした空気漂うデッキには、ライアルとリィドしかいない。それでもライアルの得意とする、気象系魔法は使えない。ライアルにとって、広範囲魔法を使わずに戦うのは難しかった。
 強くならなければいけない。
 小さな氷の釘が降り注ぐ。大き目の炎で防いでると、始まる詠唱。空気が一気に収束する。
「冷たき優美な刃よ、我が敵を切り裂け、氷月花」
 命を懸けろ、とはこういうことだったのか、とライアルは納得した。あの巨大な氷の刃を受け、生きていられるはずがない。ライアルは未だ降り注ぐ氷の釘の中へ素早く入り、氷の刃を回避した。しかし、体には氷の釘が刺さっていく。体中が痛んだ。しかし、ライアルは立ち上がり、炎で迫る氷の結晶を溶かした。
 空気が収束し始める。ライアルは素早く立ち上がろうとした。しかし、それは叶わなかった。耐え難い激痛が、ライアルの肩を襲ったのだ。痛みはすぐに全身を駆け巡る。  膝をついてしまったライアルに、容赦なく氷の刃が迫る。氷月花ではないものの、正面から受ければ、高確率で死ぬ。しかし、ライアルには顔を上げることすらできなかった。
 駄目だ、とライアルが思っていると、ライアル、と強く鋭い声で呼ばれた。何時の間にか目の前は真っ赤に染まっている。そのまま倒れれば、僅かに視界に赤以外の色がちらついた。それは灰色と、黒だった。
「ライアル、あなたは、なんてこと……」
「とりあえず、服を……」
 ライアルは、マントを掴まれた時に必死に抵抗した。服を脱がされては困るのだ。
「ライアル、貴方は……」
 そのとき、自分を掴んでいた手が離れた。退いて……という声。
「沈黙を司る暗黒は、安らぎを。穏やかに流れる夜は、癒しを。亡き夜の君主の名において、夜の子を癒したまえ」
 真っ赤だった視界が暗くなった。一瞬だけ見えたのは闇。一瞬だけだったのに関わらず、ライアルは、月のない夜だ、と思った。その闇の濃い夜は、ライアルはくすぐったい何かを感じた。
 しかし、すぐに視界は明るくなる。体の激痛は収まっており、ライアルは起き上がろうとしたが、再び激痛が走った。それでも、顔を歪める程度の物だ。
「アン、ありがとう。リィド、悪いな。迷惑かけて」
 ライアルは肩を労わりながら体を起こした。床には血が広がっている。
顔を上げればアンは薄らと笑っており、リィドは、全くだよ、とだけ言った。ジェンは、全く貴方は……と溜息を吐いている。部屋に無理矢理置いてきたスザクは、絶対怒るだろうな、と思いながら、魔法で血を片付ける。さっと水が流れ、血を河に落とし、強い風が水分を吹き飛ばす。
「お前……そこまで馬鹿だとは思わなかったぞ」
 聞こえてきたのは、カシワの声。顔を上げれば、苦笑いをしているのが見えた。
「負けたくないからな」
 にやりと笑ってそういえば、カシワも笑い返す。
「本当に反省して下さいね」
「分かってる……とりあえずジェン、訓練付き合ってくれ」
 分かってないじゃないですか、と怒るジェンの声。呆れ顔のカシワと、薄っすらと笑うアン。いつの間にか霧が晴れ、澄み渡る空には穏やかな風が流れていた。

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