Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第二章 夜霧の道中
記憶は氷の如




 ライアルはぐったりとベッドに横になった。その後のジェンの説教と訓練は、ライアルにとってかなり厳しいものだった。説教は長かったし、訓練は、ナイフ使いのジェン相手に、長剣であるレードのみで戦うのはかなりの精神力を要した。
『ライちゃんの馬鹿。やっぱりスザクいないと駄目だよー』
 悪かった、と何度謝っても、スザクは許さなかった。備え付けの小さなシャワーを浴び、ガウンに着替え、ベッドで横になっていたライアルは、不満げに色々と喋っているスザクを毛布の中に入れた。リィドは、シャワーを浴びにいき、ジェンは食料調達に行ったはずである。スザクはまだ何かを言っていたが、ライアルは毛布の上からスザクを撫ぜた。
 そこに、丁度シャワーを浴びていたらしいリィドが部屋に戻ってきた。相変わらずフードは被ったままだ。しかし、ライアルがそんなことを考えている時間は、一瞬だった。
鏡もなかったのだろう。フードの隙間から僅かに髪が覗いていた。その色は、白。ライアルの動きが止まった。
 頭の中に駆け巡るのは、幼き日の記憶。白髪で、同年代の氷の魔法使いなど、そういるものではない。薄々感づいていたものの、それが確信に変わる瞬間には、頭の中に電流が駆け巡った。
 会いたくない、とライアルは思った。兎に角、何を言って良いのかが分からない。訊きたいことは山ほどある。しかし、訊かれたくないことは、それ以上に多い。
「ねぇ、雷……」
 どうしたんだ、とリィドが続ける前に、ライアルは、ただほーっとリィドを見ながら、ぼそりと呟いた。
「フレ……」
 すっとリィドの目が細められる。それは、本当に一瞬のことだった。リィドは、後ろにあった自身の杖を素早く引き寄せる。ほとんど同時に、辺りが闇に包まれた。
『ライちゃんっ』
 スザクの、極めて悲鳴に近い叫び。ばさりと毛布の中に倒れたライアルから逃げるように飛び出す。
「馬鹿蛇が……少し眠ってもらって頂いているだけだよ」
 リィドはそう言うと同時に、その場に座り込んだ。顔色は悪く、呼吸も浅い。無理して自分の精神力、魔力以上の魔法を使ったときの、典型的な症状である。
 カラン、と音を立てて、銀色の杖が倒れる。その先についている青い石は、場違いな光を放っていた。
『フーちゃんっ、ライちゃんを起こしてよ』
「相変わらず無能な蛇だね。何故、ライアルを起こす必要がある? ライアルも僕も、まだ、会う準備ができていないんだ。僕だって、あの馬鹿みたな魔力に守られたライアルから、瞬時に記憶を消すなんていう面倒なこと、したくないよ」
 すっと瞼を閉じたリィドを、スザクは見上げた。フードから零れ落ちる白い髪は艶やかだ。それが、唯でさえ青白い顔の色の悪さを一層際立たせている。
 スザクは黙っていた。
「馬鹿蛇、僕のことをライアルには言うな。言った時には、殺す」
 僅かに開かれた黒い瞳が、妖しく光る。リィドの様子は、見るからに悪かったが、それでもその瞳には迫力があった。
『うん、黙ってる。でも、スザク、フーちゃんがライちゃん傷つけた時には、怒るよ』
 スザクはするりするりと元来た道を戻り始める。するするとベッドによじ登り、眠って衣ライアルの横で丸くなった。
「今は敵に回る気はないよ。今はね……」
 スザクにも聞こえない声でリィドはそう呟き、ゆっくりと立ち上がった。

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