ランゴク族は、古に存在していた空の民族の流れを汲む民族だ。空の国に住む小さな民族だが、その歴史から確固たる地位を確立している。あまり戦闘が得意ではない、平和的な民族である。
数年前、突然起きた「乱れ舞事件」。ランゴクの二人の若い夫婦が殺された事件だ。何もなければ、その事件も、治安の悪い魔界で広まることはない。しかし、その夫婦は、注目される理由があった。
優秀な戦闘能力を持つ者が集まる魔界治安維持精鋭部隊守手。魔界の民族の均衡を、暗殺によって図る、魔界の負の部分。「優秀な」人材が集まるその部隊で、夫婦は活躍していた。だからこそ、その事件は広まった。
「亡くなった夫婦には、一人息子がいたと聞いています……先生、あなたですよね」
リィドは慎重に、ジェンの表情を窺いながら、ゆっくりと言った。ジェンは、穏やかに微笑みながら頷く。
リィドは、少しだけ間を置いてから尋ねる。
「犯人は……恨んでるんですか?」
そうですね、とジェンは言った。しかし、穏やかな笑みを絶やすことはない。
「全く恨んでいないとは言えませんが……僕は両親の顔を覚えていますから」
核心を突く言葉だ。リィドは驚く。まさか知っているとは思っていなかった。このぼーっとした教師は、実は非常に鋭いらしい。
「知っているんですね」
すぐに聞き返せば、ジェンはなおその笑顔を絶やさずに返す。
「何のことでしょう」
おそらく確信が持てていないのだろう、とリィドは思った。調べるには限度が存在する。確信が持てているのなら、ジェンの性格からして、黙って頷くはずだ。
「四界はこんなに広いのに、何故会ってしまうんでしょうね」
リィドが薄らと笑って言うと、ジェンは溜息を吐いて返した。
「このまま、何も起こらずに過ぎてくれたら、良いのに……」
欺き合い続ければ、傷つくことはないだろう。ただ、それがいつまで続くのかは分からない。リィドは俯き、ジェンの言葉に頷いた。
小さな小窓から見える空は、異様なほど青く、深かった。
女三人で、お茶を飲んでいたときだった。ふとリリーが思い出したかのように言った。
「ねぇ、アン。野郎共三人は、何か隠してるでしょ」
「ふふっ、あなたはそういうことには聡いわね」
アンは無気味に笑う。カシワは、きょとんと首を傾げた。
「状況を簡単に説明すると、赤々と炎が揺れる暖炉のすぐ前に、爆薬が積んである状態かしら」
大したことなさそうにアンが説明するので、思わずカシワは口を挟んだ。
「分かりにくい。それ以前に、危なくないか?」
アンは、何も言わず薄気味悪い笑みを浮かべているだけで、リリーはただ、いつものことよ、と笑っている。
「それで、どういうことを隠しているんだ?」
カシワが訊くと、リリーもアンの顔を見た。
「ふふっ、それは言えないわ。何しろ、当事者たちも全てを把握していないの。きっと、今頃必死に探り合いをしているでしょうから、あまりにも可哀想でしょ。それに、ここで言ったら面白くないじゃない」
「ほとんど後者な気がするけど」
気のせいよ、とアンは笑う。しかし、アンの視線は、三人のいる隣の部屋の方向へ向けられていた。