アンはお茶を飲んだ後、リリーがカシワに格闘技を教えていることや、その所為で部屋が荒れ放題なことなどを、喋るだけ喋って帰ってしまった。ジェンとライアルは、アンの傍若無人さに呆れながらも、明日、首都に着くのに、部屋が散らかっていたら駄目だろう、と冷静に思っていた。食器などを片付けてから、二人ともさっさとベッドに入り、眠りについた。
翌朝、早く目が覚めたライアルは、杖の手入れをしているリィドに軽く挨拶をしてからデッキに出た。お昼前には、首都に着くらしい。それまではゆっくりでるはずである。
空は青かった。北側には大陸が永遠と続いている。デッキには誰もいない。心地良い潮風と、広がる滄溟を感じ、ライアルはベンチに座っていた。
ふわりと冷たい風が吹いた。ライアルは突然近くに現れた気配に警戒する。腰の剣を抜き、周りを見渡す。人影はない。ただ、気配はする。
「大丈夫ですよ、ライアル様。今日は、あなたを殺しに来たわけではないから」
声と共にライアルの前に、仮面の男、カース将軍が現れる。ライアルはカースの黒い仮面を見た。
「何の用だ」
「ちょっと、お土産を持ってきた」
それと同時に、将軍の気配は消えた。瞬間移動である。そして、人ではない者の気配が怒涛の如く増える。次々とデッキに姿を現したのは魔物だ。妖界軍である。
「こんな迷惑なお土産があって堪るか」
触手や鎌のような腕を、レードで斬り落とし、小規模な魔法を織り交ぜる。しかし、魔物は限りなく湧いてくる。マントは魔物の血がべったりついている。
悲鳴が響いた。ライアルはデッキにいる魔物を、風魔法で吹き飛ばした。魔物は海に沈む。途中、船の柵などは大量に破壊されたが、今はそのようなことを言っている暇はない。将軍がデッキだけに、「お土産」を落としたとは考えにくい。
迫ってくる魔物を全て風魔法で突き飛ばし、船中に入る。そこには、戦場が広がっていた。悲鳴、怒声、呻き声。様々な声が入り混じった空間は異様としか言いようがない。
魔物を斬り捨てながら前に進む。皆が戦っている。魔界人は、武器を持ち歩いている。矢や魔法、槍や刃が飛び交っている。皆。生きるために必死なのだ。
魔物を切り捨て、開いた視界に、黒い髪の青年が見えた。闇魔法である暗黒球を使っている。そして、その背後には、魔物が迫っていた。
「危ないっ」
そう叫んで、迫っていた鎌のような腕を斬り落とす。魔物が呻く。腹部にレードを突き刺し、顔面にブーツで蹴りをお見舞いする。
「ありがとうございます」
「礼を言っている暇あったら詠唱っ」
迫る魔物を撃退しながら、隣の青年に向かってそう叫ぶ。
「貫け、夜を。轟け、闇に。闇夜の槍」
青年の闇の槍が、直線方向に魔物を貫く。人がいなくなる瞬間を狙っていたのだろう。道が開いた。ライアル、と名前を呼ぶ声とともに、魔物を蹴散らしながら、リリー、ジェン、アン、そしてリィドが走ってくる。
「怪我人はいるか?」
そう叫べば、カウンター横のトイレ前、という女の声が帰ってくる。
「リリー、トイレ前に。ジェン、護衛だ」
指示をすれば、二人は走り出す。アンは漆黒の大鎌で一気に魔物を薙ぎ払っている。リィドは大きな氷の刃物を飛ばして攻撃している。
「船室の方を見てくる」
ライアルは二人にそう言って、手から雷を発生させて魔物を感電死させながら、船室へ続く通路へと走った。