Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第二章 夜霧の道中
氷結の時




 ライアルは、船室の半分を見て回ることになった。闇魔法を使っていたソラと名乗る青年が、船室を半分見る、と言ったのだ。船はかなり大きいので、ライアルは任せることにした。
 船室の並ぶ廊下は、ロビーほど魔物がいなかったようで、偶に出てくる魔物を斬るのは、それほど大変なことではなかった。まだ時間は早い。ロビーにいる人と魔物では、魔物の方が確実に多かったが、船室にいる人間と魔物では、人間の方が圧倒的に多かったのだろう。
 階段を上がり下がり、半分を見て回ったライアルは、ロビーへと走る。ロビーでは未だ、戦闘が続いているようだ。
 すぐ前に、リィドとジェンの姿が見える。それを見て、ライアルはあることを思いつく。
「リィド、お前、ロビーにいる魔物の気配を読んで位置を把握して、魔物だけを選んで凍らせることはできるか」
「範囲的には可能だけど、全ての魔物は無理」
 隣に走って魔物を突き刺しながら、そう尋ねれば、リィドも魔物を氷の刃で切り裂きながら、さらりと答えた。
「気配を読んで数匹できれば十分だ。ジェン、魔法増幅できるよな?」
 少し離れたところでナイフを使って戦っているジェンに、声をかければジェンはこちらを見て微笑んだ。ジェンは魔法の威力こそ弱いものの、人の使った魔法を精密さと威力をそのままで、数倍に増幅できるのだ。
 ジェンは周りにいる魔物を風魔法で軽く飛ばし、走ってくる。
「リィドが気配を読んでここにいる数匹の魔物を選んで凍らせる。それをそのままロビー全域に増幅させてくれ」
 ライアルはそう言って、周囲の魔物を感電死させ、周りに電気場を張る。近づいて来た魔物たちは、その電機場を通り抜けられない。
「詠唱が長い。その間、魔物を通したら、ただでは済まされないから」
 僅かに眉を顰めるリィドに、任せろ、とにやりと笑う。
「我は冷たき氷の者、美しき氷の力、ここにあり……氷結っ」
 リィドが杖を掲げた。もわりと目に見えるほど濃い、淡い水色の魔気が流れ出す。そして、それを覆うように広がる藍色の魔気。揺らめく二色が融合する。
 カシャリと済んだ音が響き渡る。ロビーの魔物は固まっていた。さらに、キラキラと輝いている。薄い氷だ。だが、それは強い氷だった。魔物は全く動かない。
「魔物を叩き割れっ」
 ライアルが怒鳴れば、すぐに氷の割れる音が響き始めた。ライアルも、レードを使って魔物を割り、にやりと笑って隣を見る。
「二人ともありがとう。お疲れ」
「本当に疲れましたよ」
 ジェンは、安心したような穏やかな笑みを浮かべた。
「人使いが荒いよね」
 額に汗を浮かべたリィドは、大きな溜息を吐いたが、薄らと笑みを浮かべていた。


 すぐに魔物は片付いた。それなりに強い人間しか戦えない状況だったロビーも、皆が参加できるようになったからだ。軽症を負ったものが数名いるだけで、治療もすぐに終わった。
 治療をするカシワやリリーの横に、明るい金髪の若い女性がいた。ヘルメスと名乗る女性は、笑顔でソラを助けたことについて、ライアルに礼を言った。先ほどの魔法使い、ソラと共に連絡屋をやっているらしい。
 ジェンと護衛を代わったらしく、リリーとはすっかり打ち解けていた。さかんにライアルや、他のメンバーについて聞きたがるヘルメスに、リリーはメンバーの性格や、普段の行動について喋っていた。
「首都で働いておりますので、これからお会いすることもあるかもしれませんね」
 最後にヘルメスはそう言って、ロビーから去っていった。
 すぐに、ライアルたちは、船の片づけを始めた。魔物の死骸を、海に落とす作業だ。
「貧血で倒れるなよ」
 魔物を引き摺りながら、部屋から出てきたらしいカシワにそう言う。気持ち悪そうにしていたからだ。
「いや、むしろ普通に引き摺っているお前らがおかしいだろ」
 にやりとライアルは笑い、まぁな、と答える。カシワは、ライアルが開き直っているように見えたらしく、溜息を吐いていた。しかし、ライアルは真面目だった。
 カシワの感覚は、普通の世界人の感覚だ、とライアルは思っていた。しかし、自分の感覚は、おそらく一般的魔界人の感覚だろう。魔物の死骸が、そこまで気持ち悪いとは思えない。さて、どちらが普通の感覚なのだろうか。
「おかしいっていうけど、感じるのは仕方ないことだな」
 真に感情はコントロールができない。ライアルはカシワに聞こえないぐらいの声で、ぼそりと呟いた。

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