魔界の首都、魔法の町は、大きな坂に作られた巨大な町である。ライアルは、首都で会いたい人物がいて、それほど時間も掛からないと分かっていたため、皆を連れてその人物の家を尋ねることにした。
魔法の町は様々な者が住んでいる。鳥人やエルフ、ドワーフなどとすれ違う時、リリーとカシワは驚いて顔を見合わせていた。
「そんなので驚いていたら駄目だな。遥かなる大地には、龍やグリフィンとか、本当に色々な民族が住んでいるからな」
『スザクも遥かなる大地の子だよー』
ライアルは腕の膨らみの中にある、スザクの頭を撫ぜながら笑う。リリーは両親が行ったことあるって言ってたわ、と言った。
「遥かなる大地って?」
ライアルは声をあげて笑い始めた。
『ライちゃん、失礼だよ』
「どうしたんだ」
カシワが怒ったように尋ねる。
「魔界政府の権力が届かない地域のことだよ」
ライアルは笑いながらも答える。
「魔界一の大きさの大陸は、一つの巨大な山脈によって二つに分かれています。片方が魔界政府が統括する領主制の国々。そして、もう片方が、少数民族が共生する遥かなる大地と呼ばれる地域です」
ジェンがその後、丁寧に説明した。カシワは、ライアルの方を見ながら、一々気に触る、と呟いた。
ライアルが訪ようと思っていた人物の家は、小川の傍にあった。ライアルがノックすると、物凄い物音の後、中年の男が出てきた。
「ライアル君じゃないですか」
朗らかに男は笑い、ライアルの後ろに並ぶ、面々を興味深げに見た。
「私はトウキ・アーヴィア。魔界政府の防衛大臣です。皆様、初めまして……そちらは、闇の姫君と……クリス様とジェイク様の御子女と……ランゴクの青年に……世界人のお嬢さん……それと」
トウキは人の悪そうな笑みを浮かべ、リィドを見た。リィドは僅かに顔を顰める。ライアルは、すぐに、これは何かあるな、と思った。
「斬氷殿ではないか」
ライアルとジェンは、ほとんど同時にリィドを見た。ライアルは、驚かないこともなかったが、この世代で、あの戦闘能力なら、おかしくない、と思った。
「まだ言ってませんでしたか……これはこれは……申し訳ないですね」
にやにやと笑いながらそう言うトウキに、ライアルは、申し訳ない、とは全然思っていないだろう、と思ったが、トウキに逆らってはいけないことは重々承知していたため、何も言わない。
カシワとリリーは、全く話を全く理解していない様子である。まだそちらの方が、話がややこしくならない、と思ったライアルは、早く用事を済ませようと、話を切り出す。
「妖界軍の一部部隊が、魔界に進入していると言う連絡は入っているな」
そう尋ねれば、トウキは明るく笑いながら言った。
「船上では活躍されたそうですね。大変だったでしょう。彼が客全員を虐殺しようとするのを止めるのは……」
「大臣、真面目な話をしている最中に、馬鹿げた冗談を言うのは慎んで頂きたい」
ライアルは、トウキの話を遮った。早口で言った言葉は、ライアル自身が驚くほど、無機質で冷たい声だった。皆の注目がライアルに移る。
トウキは、相変わらず真面目だな、などと言いながら笑っていたが、僅かに焦っているのがライアルにも分かった。ライアルはそんなトウキの言行を無視して、話を進める。
「標的は魔法学校だ。世界への瞬間移動を四楼が停止しているが、被害が増大しない内に事を収めなければ、天界も黙っていないだろう」
最後の四界大戦の後、妖界と天界は、お互いに魔界と世界への干渉をしないというところで、合意した。つまり、世界と魔界に兵を送った妖界は、それに反したということである。
トウキが真面目に話を聞いたことを理解したライアルは、では、とその場を去ろうとする。トウキは、扉を開けたままライアルたちを見送っていた。
ライアルは、異界への瞬間移動のできる特別な魔方陣の場所に行くため、先頭を歩いていた。空は青く、周囲は心地良い賑やかさだ。
『良い町だね』
スザクの言葉に、ライアルは頷く。様々な民族、様々な魔法リ入り混じる魔界は、過去に起こった全ての四界大戦の舞台となり、その度に多くの血が流れ、家々や書物は燃えてしまった。ただ、それでも人々が魔界を捨てず、このように復興するのは、何よりも魔界が好きだからである。たとえ、二つに分かれていたとしても。
暫く歩いたところでジェンの、ライアル、と強く名前を呼ぶ声がした。振り返ってみると、そこには、ジェンとアン、そしてリィドしかいなかった。ジェンは、気がついたらついてきてなくて、と謝る。
ライアルは、彼らを囲む爽やかな町が、モノクロの世界になったような気がした。