Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第二章 夜霧の道中
血塗れの仲間




 ライアルは穏やかな町の道を全力疾走していた。道を歩いている人々は驚いたように、ライアルが走っていくのを見ている。
 トウキ・アーヴィアはリリーとカシワを危険な目に遭わせることはしないだろう。性格は悪いが、信頼のできる人間である。ライアルが危惧していることは別のことだ。
 空は限りなく青かった。上っていた坂道を下るため、まだ良いものの、完治していない怪我、船での戦闘もあって、ライアルは疲労していた。しかし、ライアルは走り続けた。あの二人だけには、知られてはいけないのだ。
 考え方が違っても、喧嘩しても、怪しくても、皆ライアルの仲間だ。あの程度のことで、リィドが傷つくとは考え難いが、リリーとカシワは違う。
 トウキの家が見えてきた。ライアルはさらに足を速め、扉を叩く。
「リリー、カシワ、出て来い」
 そう怒鳴れば、中で物音がして、扉が開く。
「ライアル……罪人(シン)って……」
 リリーは目を細め、カシワは、真っ青な顔をしている。手遅れだった、とライアルは思った。未だに息は苦しい。
「トウキ、何を吹き込んだっ」
 二人の後ろに立っている男に怒鳴ると、男は驚いたかのような顔をした。
「大丈夫です。あなたのことは言っていませんよ」
 そういう問題じゃない、とライアルは言い返した。しかし、トウキは薄らと笑みを浮かべているだけである。
 魔界治安維持精鋭部隊守手の名を知らぬ魔界人はいない。政府が持つ暗殺部隊。罪人(シン)とは、その名の通りだ。守手の中でも、冷酷無慈悲に人を殺しつづけた者に与えられる「負の称号」。そして、現在それを手にしているのは、魔界治安維持精鋭部隊守手隊長、守手名「斬氷」、つまりリィドである。
 殺した人の数は計り知れないだろう、とライアルは思った。それをリリーとカシワが知ってしまったのだ。人殺しといえば、ライアルも同じだが、ライアルの場合、「国を守るため」という理由で、納得はしないものの、受け入れることはできただろう。
 しかし、守手の場合は違う。殺した人間に、何の恨みもないのだ。二人が事実を受け入れられるはずがない。
 ただ、ライアルは安心もしていた。二人が衝撃を受けているということは、リィドを仲間だと思っているからである。それならば、事無く、ということはなくても、被害は最小限に抑えられる、とライアルは思った。
「トウキ、リィドは私の仲間なんだ。たとえそれが事実であったとしても、これ以上何も言うな」
 はっきりとそう言いきる。性格は歪んでいても、トウキは誠実な人間だ。口元には相変わらず笑みが浮かべられているものの、これまでにない真剣な目で、ライアルを見た。
「リリー、カシワ。私もリィドも人殺しだ。言い訳はしない」
 今度は、リリーとカシワの方を向く。
「理由はないわけではないが、話したところでどうにもならない。だから、急を要することから、片付けていこうじゃないか」
 リリーもカシワも黙っていてくれるところがやりやすい、とライアルは思った。
「リィドを追い出すか? そうはしたくないだろう?」
 二人は素直に頷く。ライアルはにやりと笑った。顔を見合わせず、頷くことからして、確実に本心だろう。
「だが、おまえらがそういう素振りを欠片でもしたら、奴は出て行くだろうな。仲間が一人欠けたとしたら、まぁ、食えない奴だけど、寂しいだろ?」
 にやりと笑いながらそう言うと、リリーはいつもの調子を取り戻したのか、明るく言った。
「寂しいとまではいかないけど、物足りない気はするわね」
 カシワもそれに同調している。よろしく頼むぞ、とライアルが言うと、リリーは不敵に笑った。
「あんたの言うことは確かに正しいわ。でもね、私は私のやり方でやらせてもらうわよ」
 予想外の展開に、ライアルは一瞬眉根を寄せたが、すぐに戻る。そういうことか、とライアルは理解する。リリーは親友だ。そして、思考回路は単純明快である。
「魔法学校流問題解決魔法だ」
 どうだ、とトウキに向かって、ライアルは人の悪い笑みを投げかける。
「信頼させるのが上手いところは、両親からしっかりと受け継いでいるようですね」
「信頼させているんじゃない。信頼してもらっているんだ」
 明るく笑うと、トウキも笑い出した。リリーとカシワは、ライアルの両親を知っているのかをトウキに尋ねた。
「ええ。彼の母親は好きでしたが、父親は大嫌いでしたね。むしろ、憎たらしくてしょうがなかった」
 あなたのお父さんは性格悪かったんですよ、と笑うトウキに、三人のみならず、スザクまでもが、人のこと言えないだろう、と思った。
 それからすぐに、戻ろう、という話になった。
 トウキの家から、ライアルは一番最後に出た。トウキの横を通り過ぎる時に、小声で呟く。
「魔界治安維持精鋭部隊守手。防衛大臣のあなたが指令を出しているんだ。共犯だろう?」
「それし言わない約束ですよ」
 朗らかに笑いながら、トウキは言った。そのままの笑顔で三人を見送る。
 ライアルは空を見た。また問題は完全に解決していない。ただ、町は美しく、太陽の光は気持ち良かった。

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