Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第三章 旅の仲間
嫌な先客




 妖界では、自由な瞬間移動ができない。だが、各々の町に瞬間移動用の魔方陣がある。妖界人はそれを利用して町を行き来したり、魔界に武器を仕入れに行ったりする。しかし、今は全てが閉ざされている状態で、妖界王が特別に許可した者以外は瞬間移動ができない状態である。
 しかし、それは認知されている魔方陣の話である。
 ファンレール郊外の巨大な家。趣味が悪いとも言えるだろう奇抜な色使いのその家には、認知されていない魔方陣があることをライアルたちは知っていた。
 サファイアの自宅の最上階にある魔方陣へ、ライアルたちは瞬間移動した。リィドは位置を知らないが、何しろ開かれている魔法陣がそれだけなので、簡単に行くことができた。
 リィドとカシワは、初めて来たのと、サファイアを知らないことが相成って、部屋のセンスの悪さに、それぞれ驚いていた。
「妖界人って、奇抜な色使いが好きなのか?」
「サファイア限定だろうな」
 狭い階段を降りながら、そう尋ねるカシワに、ライアルは即答した。アンやサリーも妖界人だが、壁をピンクと黒の縞模様などにはしない。
 民族によって、色彩感覚には違いはあるが、ある程度の美の感覚は共通している、という話を、ライアルはどこかで聞いたことがあった。
「まぁ、リビングは、サファイアの友人のパークスがデザインしているはずだから、普通の部屋だ」
 そう言って、ライアルは部屋の扉を開けた。しかし、そこには、先客がいた。
「遅かったですね」
 鮮やかな金髪に黒い仮面をつけた男がライアルたちの方を向いた。二人掛けのソファーにゆったりと座って、ライアルたちの反応を待っている。
 ライアルは黙って剣を抜いた。突然の行動に、将軍の姿が見えていないリリーやカシワは驚く。
 扉を開けた瞬間に流れ込んできた強力な魔気。それは、何か強力な魔法を使った後、または強力な魔力を使って何かをしている時に感じられるものである。どちらにしろ、警戒しなければいけない、とライアルは思った。
 何故将軍がここにいるのか、などという理由は、後からゆっくり考えられる。今は、この将軍を打破するために何をするべきかを考えなくてはいけない。
「まぁ、お入りなさい」
 将軍は、まるで自分の部屋であるかのように悠々と言った。そして、鮮やかな癖のある金髪とゆったりとした黒のマントを揺らして立ち上がる。
「自己紹介が遅れました。妖界軍将軍、氷冥のカース。以後見知り置きを」
 リリーとカシワにもその姿が見えたのか、二人は、まさか、敵、などとライアルに尋ねていた。
「ふふっ、将軍、久しぶりね……」
 将軍を睨みつけるライアルの横を、アンはすり抜けるようにして通り過ぎていった。
「アン様、ご無礼をどうかお許し下さい」
 さも驚いたかのような表情見せ、深々と頭を下げた仮面の将軍に、アンは不気味な笑みを浮かべながらも、冷たい声で言い放った。
「発動寸前の魔法を持ちながら、それはないでしょ。冗談にすらならないわ」
 ライアルはやはりな、と思っていた。何か強力な魔法を使ったのならば、物理的痕跡が残るはずである。それがない、ということは、さらに厄介なことである。
 将軍は、隠していたのに、残念だ、と言いながらも、余裕の笑みを浮かべていた。妖界王に、瞬間移動を許可されているであろう将軍はいつでも逃げることのできる状態なのだ。
「ふふっ、隠していたの? それならば、もう少し、分かりにくくすることね」
 アンも負けてはいない。アンも余裕の笑みを浮かべていた。
 しかし、アンの言うことはご尤もである、とライアルは思った。自分も勘付いていたが、カシワやリリーは兎も角、ジェンまで気付いている様子だったのだ。
「しかし、ここで、あなたに勝てる気はしませんね。運良く城へ辿り着けたら、戦う機会があるかもしれません」
 あなたが予想以上にやる気だったので、と将軍は言った。
 城には絶対辿り着くわよ、とリリーが声を荒らげる。すると、将軍は不敵に笑った。
「妖界は、あなたが思っているほど穏やかな世界ではありませんよ。気高い孤高の精神を持ち合わせた者だけが生き残れる、強者の世界。それだけではありません。あなたたちは、妖界では賞金首のお尋ね者。天界のお嬢さん、油断した途端殺されますよ」
 蔑みの篭った目で見られた挙句、名指しだったこともあり、リリーの怒りは頂点に達した。それを止めようとするジェンの声も空しく、リリーはライアルを突き飛ばし、将軍に殴りかかる。
「リリー、やめろ」
 ライアルは立ち上がるより前に、リリーの足にしがみ付いた。相手はナイフ使いだ。リリーの得意な接近戦に持ち込んだとしても、向こうも有利なままだ。リリーに勝ち目はない。
 ライアルの中で嫌な記憶が蘇った。体に走る激痛。真っ赤に変わった世界。将軍は強く、冷酷だ。引き摺られても、ライアルはリリーの足にしがみ付いていた。
 しかし、将軍が動き始める。手元が冷めたく光っている。ナイフである。ライアルの思考が真っ白になったとき、ふと目の前には言いの影が飛び出した。
 金属音が鳴り響く。しかし、それ以上の動きがない。止まったりリーから手を離し、ライアルは立ち上がった。ナイフを構えるジェンと、将軍の喉元に鎌を突きつけられたアン。将軍の口元に笑みはない。
「リリー、二度と危険な真似はしないで下さい」
 振り返ったジェンの厳しい言葉と、真剣な表情に、リリーは軽く狼狽しながらも、素直に頷いた。ライアルは安心して、溜息を吐いた。
 そんな中、いきなり、将軍は口を開いた。
「氷原の翼殿、あなたが気になっているあの人の行方を教えてあげましょう」
 ライアルは慌てて振り返った。将軍の視線の先には、ただ呆然と将軍を見るリィドの姿があった。そんなリィドを見たことがなかったライアルは、驚く。しかし、それはライアルだけではなかったようで、アンを除く皆がリィドを見た。
 しかし、リィドは全く気にしていないようだった。
「あの人は……死にましたよ」
 それだけ言うと、仮面の将軍は消えた。見事な詠唱破棄の瞬間移動である。しかし、ライアルの意識は、やはりリィドに向けられていた。たた、呆然と将軍が消えたところを見ているリィド。
 沈黙が流れ、皆の視線がライアルに集まる。何を期待されているか分かったライアルは、軽く息を吐いてから静かに切り出す。
「リィド、どうした」
 ライアルが尋ねると、リィドは漸く我に返ったようだった。
 何もない、と答えるリィドに、ジェンまでもが目を細めた。

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