ライアルはスザクを探していた。今、このサファイアの家で何をしているのかライアルには検討もつかなかった。
スザクは賢い。無茶をすることはないだろうとライアルは思っていた。しかし、よく考えてみると、このサファイアの家も妖界にある分、安全とは言い切れない。
階段を上がっていくと、僅かに開きかけている扉があった。リィドに割り当てられた部屋である。ライアルはあまり入りたくなかったが、スザクの行方をリィドが知っている可能性はある。
ゆっくりと扉を開ける。薄暗い中、冴える白。リィドがベッドに座り、ライアルの方を見ていた。驚くことに、少し前までのぼんやりした感じは全くなく、瞳にはいつもの冷めた光が宿っていた。
「リィド、スザクを知らないか」
ライアルがそう尋ねると、リィドは表情一つ変えずに、さぁ、とだけ言った。ライアルは、軽く礼だけ言うと、すぐに部屋を出た。
しかし、スザクはすぐに見つかった。心配していた、と怒ってみるが、スザクが可愛く、ごめんね、と言う所為で、ライアルは不完全燃焼だった。ライアルは、スザクを探すために六階建ての塔の階段を三往復したのだ。
「星が綺麗なんだ」
ライアルは、北斗七星も見えるぞ、とスザクに笑いかけた。妖界と魔界の夜空は、四界で最も美しいとされている。
ライアルは、最上階の窓を開けた。ぶわりと風が舞い込む。ライアルはにやりと笑った。普段からライアルは厚着だが、今はサファイアから拝借したマントを羽織っている。
屋根に飛び移る。屋根には、ライアルが寝転ぶだけのスペースはあった。満天の空には、星が煌いている。
不意に、窓が開いた。ライアルは頭を強打する。痛さに涙目になりながら、振り返れば、リリーがひょっこりと顔を出していた。
「リリー、痛かった」
「ライアル、あんた、詰めなさいよ」
退いた、退いた、とライアルを無視して追い立てるリリーに、ライアルは渋々端に寄った。
「妖界に行ったなんて、母さんに言ったら、絶対怒られるわ」
「クリスさんだって、丁度リリーと同じぐらいの歳の頃、魔界に行ったんだ。娘が少し母を超えたぐらい、どうってことないだろ」
体を落ち着けながら、ライアルはそう返した。
アンとリリー、何れ妖界を総べることになるだろう賢い姫と、天界の復興に努めた功労者の娘。何度も四界大戦を繰り広げてきた二つの世界の、二人の娘。そんな二人が、机を並べて授業を受け、共に戦う友人になるなど、数年前には考えられなかったことである。
しかし、今、それは現実となっている。リリーとアンは、価値観や考え方は違うのに、衝突したことは一度もない。アンがそういう性格ではないのも一因であるかもしれないが、そんなアンだって、ライアルの姉、四楼キナとはよく衝突する。
「母さんはほとんど話してくれなかったわ」
「だが、少なくとも、悪い思い出ではないだろうから、言えば話してくれるだろうな」
ライアルだって、この話を、自分の母親から聞いたわけではなかった。
「私は、ライアルのお母さんのことをほとんど知らないわ」
ぼそりとリリーが呟いた。ライアルは薄らと笑う。
「私もよく知っているわけではない。だが、夜空を見ると、懐かしい気持ちになるんだ」
ライアルは、母親の顔を覚えていない。幼くして亡くしているからだ。ただ、ライアルは夜が好きだった。体の力がゆっくりと抜けていくような、安堵感。それは、いつでも心地良いものだった。
「母さんは、夜の君主と呼ばれていたらしい。私は、あの人のことを、薄らと覚えているんだな」
「あんた、意外にロマンチックなところあるのね」
さらりとリリーが言い放ったその一言に、スザクが噴出した。ライアルは、笑うスザクと、悪いことを言った気が欠片もないリリーの、どちらに怒りの矛先を向けるべきか悩んだ。
「お前らな……」
低い声で、ライアル唸る様に言ったが、それがさらにスザクの笑いを誘い、それどころか状況を理解したリリーまでもが笑い出してしまった。