翌朝、皆が仕度を終え、朝食を食べ終えたぐらいの時間に、軽く扉を叩く音がした。剣の手入れをしていたライアルは、ぐるりと辺りを見渡した。皆、ライアルの方を見ている。
ライアルは剣を持ったまま、立ち上がった。リィドとカシワは黙って杖を握り、ジェンもナイフを取り出す。
ライアルは慎重に扉を開けた。奇抜なピンク色が扉の隙間から覗く。僅かに開けたところで、一気に取っ手を引く。
扉の前には、緑色の大きな山高帽に、桃色のマントという、大変奇抜な色使いの服装をした、若い男が立っていた。サファイアと話が合うだろうな、などと呑気に考えている余裕がないことが、ライアルとって恨めしかった。
「やぁ、諸君。こんにちは。私の名前は、アーサー。生粋の妖界人だ。どうぞ宜しく」
ライアルが名前を尋ねるより先に、男は勝手に明るく挨拶をした。
「何の用だ」
ライアルは突き刺すような目で男を見た。しかし、男は相変わらずおどけた様子である。
「イルーラ・バトルを申込みに来たんだ」
「お断りさせて頂く」
笑顔で男が言ったことを、ライアルは間髪入れずに切り捨て、扉を閉めようとした。しかし、男がそうはさせない。ジェンとリリーは黙って立ち上がった。
「魔界人は、勇気ある人種だと聞いているが、私たちに恐れをなしたかな。それに、妖界のお姫様は、気高く聡明だと聞いたが、まさか偽者だとか」
閉まりかかった扉に手をかけ、明るく笑う男の喉元に、ライアルは素早く刃を当てた。
確実に怪しい、とライアルは思った。
「お前、何者だ」
「妖界人アーサー」
ライアルの声は冷たかった。カシワが嫌なことを思い出したのか、溜息の音が聞こえる。しかし、男は緊張感のない声で答えた。
「斬るぞ」
「賢い四楼の弟なのに、そんな暴力に頼るとは……所詮弟だから、当たり前?」
知識の姉、力の弟、悪くないんじゃない、などと鼻歌交じりに言い出す男。ライアルは自分の中で何かがぶち切れるのを感じた。
ライアルだって、知識量で姉に劣っているのは、自分でもよく分かっている。ただ、ライアルだって、幼い頃から一生懸命勉強してきたのだ。そして、それ以上に、ライアルは姉に対して、純粋な尊敬の気持ちを持ち合わせてはいなかった。
姉からなら兎も角、こいつに言われる筋合いはない、とライアルは思った。
「その挑戦、受けてやる」
にやりと不敵に笑い、ライアルは剣を下ろした。男は嬉しそうに笑い、流石魔界の領主、などと言って、態度を一気に変えた。ライアルはそれも不快で仕方がなかった。しかし、イルーラ・バトルで叩き潰せば良いと思っていた。
もう、ライアルは止まらない。
「ライアル、取り消しなさい」
ジェンはライアルの隣に歩み寄り、厳しい声で言った。しかし、ライアルがジェンのほうへ顔を向けることがない。
『ライちゃん……』
優しく咎めるように、スザクもライアルの名前を呼んだ。しかし、ライアルは例の笑みを浮かべたまま、男を見据えているだけだった。
「お兄ちゃん、駄目だよ」
男はライアルの威圧的な視線をものともせず、ジェンの方を向いた。
「火のついた漢を止めるのは、愚かだ」
まるで道化師のようだった今までとは違う、強い声だった。ジェンは僅かに顔を顰める。それから数秒間、沈黙が続いた。しかし、後ろからリィドが口を開く。
「面倒だけど、受けるべきだと思うよ」
リィドはさらりと言って、酷薄な笑みを浮かべた。
「ふふっ、血が騒ぐわ」
リィドの隣に座っていたアンの手元には、何時の間にか、大鎌が握られている。漆黒の巨大な刃は、気高さ故の怒りを表すかのような光を映し出す。
「よく分からないけど、喧嘩は歓迎よ」
空気を悟るのが早いリリーは、不敵に笑って立ち上がった。
ライアルは振り返る。三人の仲間は、付き合ってくれるであろう、とライアルは確信した。ライアルの眼中に、狼狽したカシワの姿はない。
「リリー、貴女は、ルールを知らないでしょう」
「殺しがないなら良いわよ」
この雰囲気なら。ないでしょう、とリリーは不敵に笑う。確信しているのだ。
「今日のお昼過ぎ。デッキ前」
まるで、ピエロの如くにやりと笑う男に、ライアルも不敵に笑い返した。
ジェンは溜息を吐き、カシワに、すみませんね、と謝った。カシワは、ジェンが言うべきことではないだろう、と思ったが、口には出さなかった。