Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第三章 旅の仲間
知の戦い




 デッキには二枚の石版が並べられた。黒い布に覆われていて、刻まれている文字は読めない。選択権が与えられる挑戦者である、ジェンとカシワは、左側の石碑を選んだ。
 相手方は、黒髪に黒褐色の肌の聡明そうな女性と、透き通るような白い肌の女性だ。カシワは、息の詰まるような空間の中、助けを求めるかのようにジェンを見たが、ジェンだってどうしようもない。
「ジェン、カシワ、頑張れよ」
 ライアルは、観衆に混じって明るく言った。ジェンは弱弱しく笑う。すると、すらりとアンが出てきた。
「あら、千年に一人と言われる才女の一番弟子が、しっかりしなくてどうするのかしら?」
 相変わらず、不気味に笑いながら、アンは声を小さくすることもなく言った。近くにいた人々が、驚きが篭った目をジェンに向ける。
「キナと僕は全く別ですから」
「当たり前よ。あなたが、キナほど性格が歪んでいたら困るわ」
 ジェンは笑った。カシワは、おい、そんなに性格悪いのか、とニヤニヤと笑う。
 アーサーの声と共に、ジェンとカシワはそのまま石版の前に立つ。強い風で、今にも捲れそうだ。カシワとジェンは顔を見合わせる。
 さらりと布を取ると、文字の刻まれた漆黒の石版が露になる。

歴史の悪役となった二人の剣士
彼らは否定しない
歴史学者も国王も
我々は嘲笑われる
歴史を信じる者は皆
彼らは夢を追い続ける
強い意志と共に
我々は否定する権利さえも与えられない
何かを見失った我々には
彼らは妖界が称えるべき者たちだ
愛する世界の礎を作ったのだから
我々は彼らをこう呼ぶ

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 黒光りする石版を眺めてから、ジェンはカシワを見た。カシワは相変わらず、石版を眺めている。
「おそらく、本文をヒントにして、下にある古代文字を並べ替える、という形式のものでしょうね」
「文の数と、文字の数が一緒だから、対応しているんだろうな」
 カシワは顔を上げ、一番下の古代文字をコツコツと叩いた。
「おそらく、浮かび上がってくる言葉は、この二人の剣士に縁のあるものでしょうね」
 ジェンは口元に手を当て、座り込む。カシワも隣に座った。
「思い当たる者はいないのか?」
 カシワが尋ねるが、ジェンは黙って首を振る。
「でも、まずはこうするのが一番でしょう」
 ジェンはそう言って、ふいっと指を動かした。すると、宙に藍色の文字が浮かび上がる。

歴史の悪役となった二人の剣士……a
彼らは否定しない……b
歴史学者も国王も……h
我々は嘲笑われる……i
歴史を信じる者は皆……t
彼らは夢を追い続ける……e
強い意志と共に……s
我々は否定する権利さえも与えられない……a
何かを見失った我々には……o
彼らは妖界が称えるべき者たちだ……l
愛する世界の礎を作ったのだから……n
我々は彼らをこう呼ぶ……l

「順番通りなのか?」
 カシワは驚いたような顔をした。ジェンは溜息を吐く。
「あくまでも、仮定です」
 周囲のざわめきが大きくなる。勿論、暗号の全文が露になったからである。ジェンはあまり気にしないように努めているのか、堅い表情を崩さない。
 ジェンは目を細め、再び指を動かした。ふわふわと文字が動く。

歴史の悪役となった二人の剣士……a
歴史学者も国王も……h
歴史を信じる者は皆……t

彼らは否定しない……b
我々は否定する権利さえも与えられない……a

彼らは妖界が称えるべき者たちだ……l
愛する世界の礎を作ったのだから……n

彼らは夢を追い続ける……e
強い意志と共に……s

我々は嘲笑われる……i
何かを見失った我々には……o
我々は彼らをこう呼ぶ……l

「あはとばるねしおる」
 カシワは読み上げた。何か意味があるのか、というようにジェンを見る。ジェンは溜息を吐く。
「何となく並べ替えてみたのですか……」
 カシワは下を見ていた。黒い石に刻まれた文字は、酷く無機質な色を持っている。文はカシワにしてみれば、異様に長いのだろう。カシワは、唸った。
「この文って、彼ら、っていうのと、我々、っていうのが、交互にくるよな。余計なものがなかったら、読みやすいのにな」
 カシワはふと何かが動く気配を感じたのか、ジェンを見上げる。ジェンは黙って指を動かしていた。

歴史の悪役となった二人の剣士……a
歴史学者も国王も……h
歴史を信じる者は皆……t
強い意志と共に……s
何かを見失った我々には……o
愛する世界の礎を作ったのだから……n

彼らは否定しない……b
彼らは夢を追い続ける……e
彼らは妖界が称えるべき者たちだ……l

我々は嘲笑われる……i
我々は否定する権利さえも与えられない……a
我々は彼らをこう呼ぶ……l

「あはとさんべりある?」
 カシワは読み上げた。ジェンは軽く目を伏せ、再び溜息を吐く。カシワは、ジェンが口を開く前に次の言葉を予測してしまっているのだろう。カシワも溜息を吐いた。
「そんな古代語は……」
 ジェンがそう言いかけたときだった。拍手が沸き起こる。歓声を上げる敵方の二人。意味することは一つ。
「負けた……」
 ジェンが振り返る。ライアルたちは、沈黙していた。リリーは、まさか、といった表情をしており、リィドは不気味に笑うアンを見ている。
「すみません」
「ご苦労さん。巻き込んで、悪かったな」
 ジェンとカシワが謝ると、ライアルは、二人に視線を戻した。ライアルは申し訳なかった。負けてしまえば、嫌な気持ちになるのは当然である。
「ふふっ、あなたたちは、答えを出したじゃない」
 そんな中、ずっと笑っていたアンが口を開いた。皆がアンを見る。
「全ての文字を使う必要はないわ」
 アンがそういい終わると同時に、黒い文字が沸きあがった。

彼らは否定しない……b
彼らは夢を追い続ける……e
彼らは妖界が称えるべき者たちだ……l

我々は嘲笑われる……i
我々は否定する権利さえも与えられない……a
我々は彼らをこう呼ぶ……l

 漆黒の文字は、素早く消えた。残ったのは、古代文字だけである。

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「ベリアル。価値無き者……ですか」
 答えは出ていたのだ。ジェンは呆然としながらも、そう呟いた。
「最古の共和国、エフィス共和国を滅亡させた、二人の剣士について書かれた本の題名よ。ふふっ、悪くない選択だと思うわ」
 アンの最後の言葉は、自分たちに向けられた言葉ではない、とライアルは思った。アンの移動した視線の先を、ライアルは急いで確認する。一瞬その視界に入ったのは、金色の髪。将軍ではない、海の国でのあの男の髪だ、とライアルは確信した。しかし、追いかけたところで、この人ごみ中、見つかるはずがない。
 どうしたんですか、と尋ねるジェンに、何でもない、とライアルは答えた。その時に視界に映ったリィドも、先ほど金髪の男が消えた方向を向いている。顔には怪訝そうな表情が浮かべられている。
 しかし、ライアルはそれについて尋ねる暇などなかった。
 アンは無気味に笑いながら、ふらりと歩き始めた。向かう先は、デッキの中心である。そう、二つ目の戦いは幕を開けようとしている。
「アン、任せたぞ」
 その姿を見たライアルは、にやりと笑ってそう言った。
「ふふっ、任せなさい」
 アンは不敵に笑った。好戦的な妖界の姫の笑みである。
 歓声の中、交わされた言葉には、熱くて思い何かがあった。

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