Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第三章 旅の仲間
空の戦い




 空の戦いでは、地、及び水面に足をつけないでいることがルールである。よって、どちらかが足をつけた時点で、戦いは終わる。しかし、始まって暫くは敵を下へ叩きつけることは許されない。
 空中で、どれだけ華麗に戦えるかが勝負であるこの戦いは、空中故に大掛かりな魔法も使える。
 審査は観客が行うことになっている。拍手の多い方が勝ちである。際どい場合には、最初に足をつけたものが負けになる。
 アンの相手は、鳥人だった。漆黒の翼は、黒々と輝いている。手には黒に大鉾が握られていて、口元には不敵な笑みが湛えられている。
「セレイアだ。宜しく」
 アンは名乗ることなく、ただ空を仰いでいる。名乗る必要もないのだが。空は限りなく青い。雲一つない晴天である。
 始まりの合図と共に、歓声が沸いた。ふわりと飛び上がるアンとセレイア。観衆の頭上辺りまで上がった後、激しい金属音が鳴り響いた。もう、戦いは始まっているのだ。
 すぐに風を切る音がする。力押しになる前に、アンが浮上したのだ。しかし、すぐに下に戻ってくる。
「何で、あいつは浮かんだままでいられるんだ?」
 そう尋ねるカシワに、ライアルは空を見たまま答えた。
「鳥人は、翼を使っても飛べるが、魔法を使って浮遊もできるんだ」
 黒鎌が弧を描くようにしてセレイアに襲い掛かった。重い鎌である。軽そうに見えても、風を切る音は凄まじい。セレイアは鉾を使って止める。しかし、アンは瞬時に体だけを浮上させ、その直後に鎌も持ち上げた。その動きは、動体視力が良いライアルが、やっと見ることのできるぐらいのものだった。
 突然のアンの行動に、セレイアの体勢が崩れたことは、言うまでもない。力をかけていたものが一気に取り除かれたのだ。ぐらりと前のめりになるが、すぐに鉾を突き出した。
 鉾は、矢のように突き出される。アンはそれを浮上して避けた。鎌は突くという動作に関して非常に弱いのだ。ぶわりと舞ったのは、黒い翼。見せるための戦い方に慣れているのだろう。
 しかし、間髪なくアンは鎌を旋回させた。アンは武器から手を離したのだ。手から離れても、均整の取れた回り方をする漆黒の刃。太陽の光を受けて鈍く光る刃は、あまりにも動きが速く、セレイアは鉾でつき返すので精一杯だったようである。しかし、鎌の影が映る鉾は、揺れるようで、幻想的だった。
 鎌の攻撃範囲から外れた場所から、リーチの長さで鎌は突き返される。鎌の下に回りこんだアンは、その鎌を取り、地面ギリギリの場所から鎌を振るう。
 鎌は決して軽くはない。しかし、アンが振るうと軽く見えるのだ。綺麗に弧を描く鎌は、癖のある武器だ。しかし、それを利用するだけの技術が、アンにはある。空気を切る音が響き渡る。
 激しい金属音が鳴り響く。それと同時に、アンは一気に浮上した。すぐにセレイアも後を追う。しかし、アンはすぐに急降下した。
 金属音が連続し、悲鳴のように響き渡った。黒い鉾は微動たりともしていない。ただ、黒い刃がまるで自ずと舞っているかのごとく動いていた。
 セレイアが急降下する。アンは、鎌を連続的にぶつけ続けながら、後を追う。観衆の頭上を走るようにして、飛ぶ速さは、異常だった。
 セレイアは、いきなりアンのほうを向く。同時に鉾を突き出した。それは、一瞬だった。アンは浮上すると同時に鉾を掬うようにして鎌を回した。ライアルは、寒気がした。空気の収束ではない、恐ろしい何かが一点に吸い込まれるようにして集まっているようだった。ライアルは、アンの本気だ、と直感的に思った。
 空気が切れた音ではない、断末魔の叫び声のような音が響き渡った。黒い粉が舞い落ちる。鈍く輝く粉は、感嘆の声が上がるほど美しかった。そして、それが何であるか、皆が知るまでそう長くはかからなかった。
 ドス、という音と共に、セレイアがデッキに叩きつけられる。その手には、鉾がない。すると、いきなり黒く輝く粉が舞い上がった。アンの手元に集まった黒い粉から集まってできたのは、黒い大鉾だった。
「あら、こんなところに落し物が……お兄さん、違うかしら?」
 起き上がったセレイアに、アンは不気味な笑みを浮かべながら、大鉾を差し出す。未だに起こったことが理解できていないのか、きょとんとしているセレイアは大鉾を受け取った。
 しかし、勝者は明らかだった。
「我らが妖界の姫君に」
 誰かの声を合図に、沸きあがる歓声と拍手。
「アン、格好良かったぞ」
「凄いわ、本当に。流石アンねぇ」
 いつもの笑みを浮かべながら、歩いてくるアンに、ライアルやリリーはそう言った。ライアルの体は熱かった。
「ふふっ、魔法原理学と魔科学を体で理解しなければできないような、高度な技術だから、少し力んじゃったわ」
「少し力んだだけで、あの実力ですか……」
 余裕の表情を浮かべるアンに、ジェンは呆れたように笑った。魔法原理学を体で理解するなど、普通はできない。アンは、そんなジェンをお構いなしに、ライアルたちの方を見た。
「ちゃんと勝ってきたんだから、後は宜しく」
 不敵な笑みが語ることただ一つ。
「私に任せろ」
 ライアルはにやりと笑った。負ける気はない。
「何か燃えるわ」
 リリーは腕まくりをして力強く言った。リィドは何も言わないが、口元には不敵な笑みが湛えられている。
「怪我をしないようにしてくださいね」
 ジェンは溜息を吐き、そう言った。
「するはずないさ」
 ライアルは即答した。アンは、私のときは何も言ってくれなかった、などと相変わらずの笑顔のまま言っている。ジェンは、あなたが怪我をするなんでことはありえませんから、とさらりと返していた。
「こいつらの場合、相手のケガの心配をした方が良いだろうな」
 カシワの言葉に、ジェンはそうですね、と笑った。ライアルは少し考えた後、言った。
「お前、何か特別塔に染まってきてるな」
「これは褒められているのか?」
 カシワはライアルにそう尋ねるが、ライアルはただ笑うだけである。リィドは、僕だったら嫌だね、など言ったため、リリーに絡まれていた。
「出陣よ」
 リリーの声と共に、歩き始めた三人。観衆の向こうに見える湊溟は、深かった。

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