Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第三章 旅の仲間
イルーラ・バトル




 歓声の中、イルーラ・バトルが始まろうとしている。こちらも三人。相手も三人である。ライアルは三人を見渡した。中央で仁王立ちしているのはアーサーだ。大きなロッドを持っていることからして、魔法使いなのだろう。左側にいる若い男は両手剣を持っている。こちらの三人の中で、刃物を持っているのは、おそらくライアルだけである。よって、男と戦うのは自分だろう、とライアルは思った。
 そして、右側にいる老女は大きな鏡を持っている。ライアルは怪訝に思い、老女を見た。まるで占い師のような女である。どちらにしろ、注意は必要だ、とライアルは思った。
 イルーラ・バトル開始の合図が、アーサーによってなされた。すぐに若い男が両手剣を振りかぶって迫ってくる。ライアルはレードで受け止めようと、前に出た。
 鋭い金属音が鳴り響く。ライアルは思った以上に強い衝撃を受ける。一撃が重過ぎるのだ。大体、両手剣相手に片手剣であるレイピア一本で挑むことが無謀なのだ。ライアルはどうにか受け流し、体勢を立て直す。男の一撃の所為で、腕が痺れている。しかし、逃げることはできない。ライアルしか、男の刃を止めることはできないのだ。ライアルは即席で、雷球を作り、男に投げた。時間稼ぎである。その間に、素早く男の後ろに回り込む。
 二度目である。ライアルは剣を振るうが、そのまま男に薙ぎ払われる。そのとき、ライアルは見た。男の両手剣の柄は、ギラリと輝いたのだ。ライアルはそのまま倒れこみ、にやりと笑った。上から迫ってきた両手剣に、ライアルのレードが触れた瞬間、男は呻き声を上げて両手剣から手を離した。ライアルは急いで両手剣を拾い上げ、怯んだ男に雷球を数球直接ぶつけ、レードを腰に差す。そして両手剣を持ち上げる。そして、拳を振り上げ、迫る男に背を向け走り出した。
「私の時代が来たわ」
 リリーである。ライアルは上を見た。頭上には虹。アーサーの魔法か、と思い、ライアルは舌打ちした。周囲には歓声。見せるための魔法である。リィドが強さで負けることはありえないが、見せ方では負けるだろう。しかし、リィドがアーサーを封じることは不可能ではないはずである。
 そのとき、ライアルの視界に老女が入った。鏡を使って光を調節している。ライアルは漸く理解した。リィドは元々殺すための魔法を使う。その上、アーサーはリィド封じに徹していて、霧と光の魔法は適当に使う。そのため、その光を老女が効果的に調節しているのだ。老女に攻撃を仕掛けようにも、老女の周りには闇夜のベールが張られており、手が出せない。
 完璧なチームワークだ、とライアルは思った。それに比べ、こちらは完璧な個人戦である。このままでは、絶対に負ける。
 ライアルは魔法を使ってリィドを援助しようかと思ったが、やめた。ライアルの魔法コントロール力の悪さは筋金入りだ。ライアルにも、自覚はある。ここは考えるべきだ。
 そんな中、ふと目に入ったのはアンの笑み。そう、あちらには決定打が無い。そう思った瞬間、ライアルの頭に閃光が走った。
「リィド、ドーム状にした氷の氷壁を二つ、作れるよな」
 ライアルがにやりと笑ってそう言うと、隣で殺傷力のない程度の魔法を使っていたリィドは頷く。
「ここら辺を覆うぐらいの大きさにできるか」
「疲れるよ」
 リィドは呆れた、というように言った。しかし、僅かに口元は弧を描いている。
「できるんだな」
「何をする気?」
 飛んできた光魔法をライアルは雷で相殺し、挑戦的な笑みを浮かべるリィドに言った。
「氷は電気を通さない。天雷の雨だって使える」
 氷は電気をほとんど通さない。しかし、光だけは通す。にやりと笑ってライアルが言うと、リィドは呆れたように笑った。
「僕も大変なんだ。そんな魔法では卑怯じゃないか。雷、雷神降臨使えるよね」
 ライアルは顔を顰めた。
「使える……だが……」
 ライアルは戸惑っていた。思い出すのは霧の国侵攻。閃光で焼き尽くされたのは、敵だけではなかった。そんな魔法を、船上で使えるはずがない。
 リィドは目を細め、ライアルを見た。リィドが口を開きかけたとき、リリーの声が飛び込んできた。
「何やってんのよ、こっちも大変なのよ。早くやるならやるっ」
 勝つんでしょ、という風に、リリーは男の拳を避けながら叫んでいた。ライアルは眼を瞑る。
「誰かに当たったらお前の所為だからな」
 ライアルはそう言って詠唱を始めた。
「我は雷と共にある者」
 リィドはライアルを鼻で嗤うと、早口で詠唱を始めた。ライアルの詠唱程は長くかからない。リィドはライアルよりも一歩中に入る。ライアルを挟んで、氷のドームができあがるのは、本当に一瞬のことだった。
「貫け、その美しい閃光で、滅せよ、我が敵を」
 ライアルの詠唱も中盤に入る。ライアルは冷たい氷の間に挟まれながらも、詠唱を続ける。氷でぼやけたリィドと、形もはっきりしないリリーたち。リィドの魔法の実力とリリーの力をライアルは信じる。
「雷神降臨」
 激しい紫電が放たれた。ライアルは雷が氷と氷の狭間を伝わり、強く輝くのを見た。そして、その中で激しい水流が巻き起こるのを。
 リリーが水魔法を使ったのだ。水魔法の、命に関わるような力ではない特徴が、花開いた。決定打になるのに十分な力である。ライアルは雷をゆっくりと収束させる。
 氷壁が消える。明るい光が差し込んだ。歓声と怒涛の如く拍手が響いている。ライアルはにやりと笑った。爽やかな風が心地よい。
 アーサーは水を飲んだのか激しく咽ていて、老女と男も同じような状態だった。
「服が濡れるところだったよ」
 リィドは自身の周りを囲っていた氷壁を消し、さらりとそう言った。しかし、その顔には笑みが浮かんでいる。
「濡れなかったなら、良かったじゃないの。その前に、私の機転に感謝しなさい」
 リリーは額に浮かんだ汗を拭き、清々しい笑顔で明るく返していた。
「ありがとな、リリー、リィド」
「本当に人使いが荒いよ。感謝してね」
 ライアルはリィドとリリーと共に、ジェンたちのいるところへ戻る。
「素晴らしかったですよ」
 ジェンは温かい笑顔で、三人を祝福した。
「ふふっ、最高ね」
 アンは企みが成功した、というような笑みで、そう言った。
「凄かったぞ」
 カシワは目を輝かせている。
「皆、付き合ってくれてありがとな」
 ライアルは満面の笑みで言った。風はこの上なく心地よい。明るい歓声の中、ライアルたちは船室へと戻った。
「本当に成長したね……ライアルちゃん、フーちゃん」
 ライアルたちがデッキから出て行く時、鮮やかな金髪の男が穏やかに笑いながら、そう言ったのを、ライアルが気がつくことはなかった。

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