Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第三章 旅の仲間
もう一人の「ハートレス」




 乗船後、懸賞金の話をしたところ、皆の反応は多種多様であった。リリーは無駄に騒ぎ、カシワは混乱し、ジェンは異様に冷静で、アンについては周囲の反応を見て笑っているだけだった。
 タイラールからルイトルまでは半日ほどしかかからない。ライアルが、魔法の練習をしようとデッキへ向かおうとしたところ、一緒に行きたいとカシワが言ったので、二人で外に出ることになった。
 デッキから見えるのは、灰色の空と漆黒の広大な海。ライアルはそれよりも先、つまり、デッキに出てからすぐに、妙な気配に気付いていた。
「本当に誰もいないな」
 周囲を見渡してはいるものの、カシワが気付いているはずがない。ここですぐに船内に戻るのも、仲間全員を危険に晒す可能性があるため、賢明だとは言えない。ライアルは適当に返事をしながら、周囲を注意深く窺っていた。
 カシワを連れてきたのは間違いだった。ライアルは思った。
 姿は見えない。いざという時のために船内へと続く扉が近く、さらに見通しの利く所を、ライアルは離れないようにする。漸くカシワもライアルの様子がおかしいと言うことに気付いたらしく、何かと尋ねようと口を開いた。
 その時だった。ライアルは剣を抜き、突如現れた漆黒の大斧を止めた。そしてすぐに雷を発生させ、剣に伝える。ライアルは、斧が離れたところで電気の壁を張り、扉の取っ手を乱暴に引き、呆然としているカシワを船中へ突き飛ばした。
 剣を持って正面を向く。そこには、斧や槍、大剣を持った男たちが数人立っていた。ライアルは舌打ちする。これだけの人数を、一人で相手にするのは難しい。カシワが気を利かせて、アンを呼んできてくれるのならば話は別だが、カシワの安否さえも把握できていない状態だ。一刻も早く片付ける必要がある。
「元気な雷坊ちゃんだことで」
「ライアル・セイハイ。懸賞金は七千万。生きたままって言うのが玉に瑕だな」
 男たちは口々に言った。ライアルは黙っている。
『ライちゃん、スザク手伝おうか?』
 ライアルが頷くと同時に、ニョロリと黒い蛇がライアルの袖の中から飛び出した。それはすぐに黒い服を着た、小さな少年の姿になる。男たちは驚く。
「お前は、リストに載っていなかったな」
「スザク何もしてないもん。すごいのは、ライちゃんだよー」
 スザクが言い終わった次の瞬間、男たちの目が合う。
 戦いの火蓋が切って落とされた。迫る刃。ライアルはにやりと笑う。ライアルはカシワがいなくなって有利になることがあった。強い電気の壁が、ライアルたちと男たちの間を隔てる。男たちはすぐに刃を引き戻した。
「スザク、頼む」
 元々防御能力の低い電気の壁である。刃だけは兎も角、魔法までも通さないようにするには、強力な電気を流す必要がある。強力な電気を一箇所に集中して流しているライアルは、それを拡張してしまわないための集中力がいる。魔法の威力に対して、コントロール力が追いついていないライアルにとっては、それは至難の業であるのだ。そのため、手が離せない状態なのである。
「スザク頑張るよー」
 空気が収束した。スザクは蛇だが、魔法を使える。その魔法の威力は、そこまで高くはない。しかし、最近はほとんどないものの、今までにライアルと共に戦ってきた回数は多い。
 威力、種類共に、他属性を凌ぐ不変の真理系、つまり光と闇の魔法。槍のように迫る闇魔法に、賞金稼ぎの男たちは為す術もなかった。
 闇系の攻撃魔法は、最も凶悪だといわれている。
「意外に弱かったな」
 ライアルは電気を消した。男たちの立っていた場所には、跡形もなく全てが消し去られていた。まるで何もなかったかのような静かなデッキ。
「スザク、頑張ったでしょ」
 ライアルは礼を言い、スザクの頭を撫ぜた。恐ろしい程に罪悪感を感じない。もう感覚が麻痺しているのである。
 魔法倫理学。魔法学校の教科の一つだが、ライアルの成績は恐ろしく悪い。それは、読み書き以前の問題なのだ。
「私もリィドと同じなんだな」
 蛇に戻ったスザクからは、何の返答もなかった。ただ、空は黒かった。
 ライアルは振り返る。扉の向こうからは、温かい光が漏れていた。

 カシワは無事だった。カシワは異様に興奮していて、ジェンに宥められていた。アンは、今行こうとしていた、と言い、無気味に笑っていた。
「それで、奴らはどうなったんだ」
 興奮気味に尋ねるカシワに、ライアルは困ったように笑っただけで、何も言わなかった。
 ルイトルには間もなく着く。ルイトルから、首都リクロフロスは、目と鼻の先だ。窓から見える灰色の空。ライアルは不安で仕方がなかった。

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