Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第三章 旅の仲間
王女の力




 それからは、何事もなくルイトルに着いた。ルイトルは港町で、水夫が行き交い、ずらりと魚並び、海の香り漂っていた。ライアルたちは、首都リクロフロス行きの船のチケットを買おうと、すぐにチケット売り場へ向かった。
 リクロフロス行きのチケット売り場は、異様に賑わっていた。しかし、肝心のカウンターには誰もいない。顔を顰めて立ち止まるライアルに、どうしたんだ、とカシワが尋ねた。
「ルイトルからリクロフロスに船が出ていません」
 ジェンがチケット売り場前に立てかけてある看板を見つけ、そう言った。そしてすぐに、ライアルにどうしましょうか、と尋ねる。
 嫌な予感が的中した、とライアルは思った。瞬間移動ができなくて、さらに船での移動ができないとなると、残された道はただひとつである。
「陸路は危険だ。陸路で行くならば、それなりの準備が必要だろう」
 ルイトルからリクロフロス。陸路も不可能ではない距離である。
「ちょっと、陸路って……」
 リリーが声を荒らげる。ライアルは溜息を吐く。リリーの気持ちも十分理解できる。ライアルも陸路は嫌である。賞金首になった今、陸路は危険すぎる。旅が長期化すればするほど、金銭的な問題も関わってくる。
「山越えがあるが、掛かって一週間だ」
 しかし、リリーやカシワを不安にさせてはいけない。そう思ったライアルは、さらりとそう言った。しかし、二人は一週間、と騒ぎ始める。うんざりしたライアルは、助けを求めるかのようにリィドを見るが、リィドはライアルのほうを見ようとしない。
「ふふっ、空が重い灰色ね」
 そんな時、ふとアンを見ると、薄らといつもの不気味な笑みを浮かべ、天を仰いでいた。アンが空を見ているなど、珍しい、とライアルは思った。
「貴女が大好きだった色が、冴えて見えるでしょ」
 ライアルは驚いてアンを見た。ライアルも天を仰ぐが何も見えない。しかし、それはライアルだけではないようで、皆がアンを不思議そうに見ていた。
「来てくれるわよね。アイテール」
 突然強風が巻き起こった。一瞬見えたのは、煌く銀。体がぶわりと宙に浮く。しかし、すぐに暖かく柔らかい何かの上に着地する。しかし、浮遊感はある。
「まさか……シルバーイーグル」
 体勢を立て直そうとする中、ジェンのその声で漸く、ライアルは目の前に広がる柔らかいものが羽毛だと気付いた。銀色の巨大な羽毛。もう、ほとんど生き残っていないと言われる種族、シルバーイーグルだ。ライアルだって、今まで一度も見たことがない。
 アンが呼んだのだ。ライアルは漸く状況が把握できた。そして、とりあえず、全員いるかどうかを確かめる。
「これは、どういうことよ」
「見ろよ、リリー。俺たち空を飛んでるぞ」
 未だ状況を掴めていないリリーに、端の方から覗く妖界の大地を見たカシワが、興奮げに言う。リリーはすぐにカシワの隣に器用に歩いていく。
「闇を統べる王女に応じる者としては、相応しいね」
 ふとライアルが隣を見ると、淡い黄色のフードが目に入る。リィドである。
「ありがとう、アン、アイテール」
 ライアルは笑顔で言った。すると、アンは不気味に笑い、空には鳥の大きく、のびやかな声が響いた。
「アイテール。澄み渡る大気か。本当に良い名前だな。私はライアルというんだ。よろしく」
 返ってきた返事。ライアルはにやりと笑う。銀の羽は透き通った輝きがある。僅かな太陽の光を受けて、輝く翼。リリーとカシワの歓喜の声。期待を含んだリィドの口元。安心したようなジェンの笑顔。
 シルバーイーグルは誇り高い種族だ。人を乗せてくれることなど、まず有り得ない。それが可能になったのは、アンの力だ。認められた妖界王女。強く美しく聡明で、冷たい勇気を持つ、妖界に相応しい姫。
「ふふっ、今回は私の力だけじゃないわ」
 ライアルが考えてることが分かっているのか、突然近くに現れたアンはそう言った。

 夜になった。皆が寝静まった後、紅色の髪が夜空に揺れていた。アイテールの長い声の後、アンは囁くように言う。
「ふふ、分かってるわ。夜の君主も、貴女に自己紹介をしていたわね」
 夜は流れている。アンは天を仰いだ。
「ふふっ、大丈夫よ。あの子は夜の君主じゃないわ」
 アイテールが恐れることが起こりはしない。アンは確信していた。強い夜の次にやってくるのは、強い昼である。静寂の後は、必ずしも静寂ではない。
 夜明けには首都リクロフロスに着く。
「誰が一番最初におきると思うかしら」
 アンがそう尋ねると、次は短い声。
「ふふっ、私? それはなしよ」
 夜は深い。不気味に笑うアンは、ゆっくりと眠っているであろう仲間たちを見た。

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