Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第四章 澄み渡る星空
残された者たち




 まだ地面は柔らかい。ライアルたちは、そんな地面を踏みしめ、聳え立つ巨大な扉を見ていた。
「普通の石でできているようです。おそらく、普通に闇魔法を使えば、破壊は可能でしょう」
 ジェンがコンコンと重い扉を叩く。ライアルは溜息を吐いた。
「その次が問題なんだ」
 ライアルは、体は乾いてはいるものの、先ほどの衝撃から、完全に立ち直っているわけではない。リィドとカシワは際立って疲労が激しい。リィドの顔色は未だに悪いし、カシワはぐったりと壁に凭れ掛かっている。そんな中で魔物の倉庫のような妖界城を正面突破するのは、非常に難しい。
「城を破壊したら困るだろう」
 ライアルが、上から雷を落とすと言う手もありだが、妖界城が全壊したら、厄介なことになるのは確実である。
「ふふっ、ライアル、闇の静寂は使えるかしら」
「あの、詠唱が無駄に長いやつか?」
 闇の静寂。魔法の中で唯一、生体から完全に魔力を奪える魔法。生体を動かすエネルギーである魔力を奪うことは、死を意味する。
 当然、魔法としても難易度の高い物で、詠唱も非常に長い。周囲する魔力も半端な物ではない。しかし、静かに広範囲の生体を死に至らしめることの出来る魔法は、この状況では非常にありがたいものである。
 ライアルはそれを思い出し、頭の中で一通りの魔法を想定した。不可能ではない。
「ジェンは私とアンの補助。リィド、お前は純魔法で対応してくれ」
「無属性魔法ってことだね。僕が扉の破壊役ということかな」
 リィドがすぐに訊き返す。ライアルは頷いた。流石に氷や風や水で、扉を壊せるとは思えない。だからと言って、破壊力のある魔法を使う者たちは、闇の静寂の詠唱と補助に回らなければいけない。となると、純魔法が一番強力な者を選ぶしかない。
 ジェンは、知る術がなかったであろうカシワと、習ったけど覚えていないだろうリリーに説明した。
 二人が納得したのを確認してから、ライアルはアンに目配せした。アンは不気味な笑みを浮かべる。
「我は闇に住まいし者、孤独の道を歩む者」
 詠唱が始まった。朗々と詠唱をするライアルと、さらりと流れるように詠唱をするアン。空気が少しずつ収束していく。リリーとカシワは少しはなれたところで待機している。リリーは目を細め、カシワは期待を混ぜ込んだような顔で二人を見ていた。
「強くしなやかな闇夜、何にも染まらぬ美しき力」
 空気の収束は、さらに増す。風ではない何かが、強く吹いている。ジェンは目を瞑り、静かに立っている。
「時に闇の記憶を刻み、我が敵の体に刻まれし力を葬り、創造主の力を知らしめたまえ」
 ぐらりと世界が揺れる。強い空気の収束。扉が倒れる音が響き、その直後、世界は暗転する。
 明るくなってきた世界。扉が倒れた城の内部には、魔物の死骸が転がっている。腐敗臭はしない。魔物には何の傷もなく、まるで眠っているかのようである。
「下をよく見て歩けよ」
 ライアルは振り返り、リリーとカシワに言った。二人は文句を言いながらも、ライアルたちの後に続いて城の内部へ足を踏み入れた。
 漆黒の硬い石を並べた床と壁。松明の灯され、磨かれた黒は不気味に輝いている。ライアルは感覚を研ぎ澄ましながらゆっくりと進んだ。
 甲高い悲鳴が響いた。リリーとカシワだ。
「おい、リリー、カシワ」
 ライアルは後ろを振り返る。誰もいない。周囲を見渡すが、やはり二人はいない。二人だけではない。リィドもいない。
 アンに何かを言おうとした瞬間、轟音が鳴った。空気の収束。ライアルは慌てて後ろを振り返る。すると、漆黒の床にぽっかりと開いた穴に、漆黒のベールが揺れている。強力な封印魔法だ。その揺れる水面のようなベールを見て、ライアルは瞬時に悟った。まさか、と周囲を見渡すが、リリーたちが消えたときにはいたはずのアンがいない。アンは穴の中に閉じ込められたのだ。
「ライアル、これは……」
 ライアルは戸惑うジェンの手首を引っ張った。これ以上仲間が分断されても困る。ジェンはよろけながらも、魔物を踏まないようにしながら、ライアルの傍まで移動した。
 穴に向かってアンを呼ぶ。すると、返事の代わりに、カラン、とアンがいつも手首につけている銀色のリングが穴から飛び出て、床に叩きつけられた。アン、と再び叫ぶ暇もなく、アンの詠唱が響く。
「未来を司る者よ、我が騎士となり、その叡智を知らしめたまえ、出でよ、ウィザード」
 ベールを突き抜けるアンの魔力の篭った声。銀色のリングが消えた。それと同時に、一人の気配がいきなり現れる。召喚魔法だ。ライアルは振り返った。
「こんにちは、私はアズサと申します」
 黒い服、黒い髪、黒い瞳。見慣れぬ少女が微笑んでいた。
「アンさんの騎士であり、魂精霊でもあります。称号は東の冷たき魔法使い。よろしくお願いします」
 魔物の死骸の隙間に上手く立っている少女、アズサはそう言って、二人に会釈した。

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