魂精霊とは、精霊石を使われた人間のことを言う。俗に言う精霊、自然精霊や真理精霊とは、全く別のものである。主人の魔力を糧に生き、主人の死がその魂精霊の死となる。
精霊石は貴重な石である。市場に出回るような代物ではない。しかし、そんな精霊石を使ったということは、それほどまでにアンが固執した人間と言うことになる。長い時を生きる彼女が選んだ供。
このアズサという少女は、それほどまでに強いのだろうか。ライアルは目を細めてアズサを見たが、カシワほどの魔力も無い。何か、武器を持っているわけでもない。称号では魔法使い、役職では騎士。この少女が、何か特別な能力で持っているだろうか。
ライアルには、アズサが特別な力を持っているようには思えなかった。となると、アンが目をつけたのは、おそらく彼女の人間性、もしくは頭脳である。
「では、ライアルさん、ジェン先生、急ぎましょう」
アンは、とジェンが言いかけた。すると、先に進もうとしていたアズサはすぐに答える。
「アンさんのことは心配なさらずに。確かに脱出は難しいと思います。ですが、アンさんには切り札が残っています。大丈夫です。アンさんよりも、心配すべき仲間がいるじゃないですか」
ライアルは納得した。アンは確かに脱出するのは難しいだろうが、命に関わるような敵はいないはずである。しかし、疲弊しているリィド、戦闘能力が低いリリーとカシワは、命の危険に晒されているのだ。
「ジェン、先を急ごう」
ライアルは戸惑うジェンにはっきりとそう言うと、ジェンは頷いた。
「玉座への道は、私がご案内します」
アズサはそんな二人を見てから言った。三人はそこにいるのか、とライアルが尋ねると、アズサは頷いた。
「陛下の性格から考えると、玉座が可能性としては一番高いです」
根拠になるのか、とライアルは心の中で思ったが、アズサは真面目だ。
ライアルとジェンはアズサに続いて歩き始める。魔物の死骸の道を通り抜ける。意外なことに、魔物はいない。道も明るくなっていき、階段を上がると、薄暗い中で真紅の絨毯が広がっていた。漆黒の妖しく光る石の壁といい、妖界に相応しい雰囲気が醸し出されている。ずらりと並ぶ扉も不気味である。
「ご覧になって分かると思いますが、私戦えないんで、戦闘員に数えないで下さいね。アンさんの騎士というのは、あくまでも便宜上。いつも守られているのは私ですから」
アズサがそう言ったとき、ぐらりと地面が揺れた。ライアルはおかしいと思った。妖界城で地面がぐらつくなどと言うことはありえない。案の定、すぐにアズサの鋭い声が響いた。
「罠です。幻系の魔法……属性は不変の真理系、闇です。光を」
ライアルは光を出した。眩い光が一瞬だけ周囲を明るくする。ライアルは、地面にしっかりと足がついた感覚がした。
幻魔法は、属性さえ見破れば、対になる物で中和すれば良いだけなので、比較的処理が楽なのだ。しかし、その属性を幻の中で冷静に考えるのが難しいのだ。
「よく瞬時に分かりましたね」
静まり返った中、ジェンが安心の溜息を吐きつつ言った。ライアルもそれは思っていた。戦えない中、悲鳴を上げたり、腰を抜かしたりすることもなく、誰よりも的確に行動が出来ているのだ。アンの騎士と言ったらそれで終わりだが、十分尊敬に値することである。
「一応専門分野なんですよ」
アズサは一言礼を言うと、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ではあなたは、魔法原理学の創始者であるアズサさんで、よろしいでしょうか」
アズサは困ったように笑いながらも頷いた。
ライアルは驚いた。魔法原理学。魔法学校の授業でもやるが、かなり難解な学問だ。勿論、人気はない。基本的に文字が読めないライアルも、ほとんど理解できていない。魔化学と重なる部分が多いし、真に理解すれば、魔法を効率よく使えるようになるため、重要な学問ではあるのだが。
そんな学問を、魔法を使えない少女が生み出したのだ。
「アンさんや陛下、他にも多くの人に助けて頂いたので」
アズサは早足で進みながらも微笑んだ。それが謙遜でもなく、純粋に言っているのだろう、ということがライアルにはすぐに分かった。性格は良く、要領も良く、聡明で機知に富んでいる。ライアルは、アンがこの少女を長い人生の供へと選んだ理由が分かった気がした。
「今は、魔法学校の客員学士を狙っているんですよ」
私も魔法学校で皆さんと勉強したいので、とアズサは続けた。
「それは面白くなりそうだな」
ライアルはにやりと笑った。ライアルは実質魔法だけ参加なのだ。座学だけの参加も認められないはずがない。たとえ、彼女が魂精霊だとしても。
暫く進むと、再び階段を上がった。しかし、次のフロアに到達する寸前に、アズサが立ち止まった。アズサは声を出す事無く、少し困った顔をして、ライアルとジェンの方を見た。ライアルはすぐにその意味を理解した。
徐にレードに手をかける。そこで漸く、ジェンも悟ったようだった。ジェンは音無くナイフを取り出した。ライアルはそれを確認し、しっかりとライアルの方を見ているアズサと目を合わせてから、勢い良く階段から上のフロアへ飛び出す。
石造りの城。それは、ライアルにとっては非常に好条件だった。薄暗くてはっきりと姿は見えない。しかし、魔物たちがずらりと並んでいることは分かる。ライアルは大きく息を吸い、一気に襲い掛かってくる魔物に、向かって紫電を走らせた。細い通路で逃げ場所も無い廊下。魔物たちは成す術もなかった。ライアルは生物の気配が全く消えたのを入念に確認してから振り返った。
「案外あっさりいったな。気をつけろよ。まだ電気が残ってるから、絶対に転んだりするなよ」
端によることなく、さらに後退の第一歩が段差に掛からないような位置に立っているアズサに感心しながら、ライアルはそう言った。