Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第四章 澄み渡る星空
静かな怒り




 視界が暗転したかと思うと、次の瞬間立っていたのは、大きな部屋だった。部屋の全てが妖しく光る漆黒の石でできている。薄暗い部屋。リィドは、黙ってこの部屋の主であろう人物を見た。
「随分とお疲れのようですね」
 漆黒の石でできた椅子に腰掛けている仮面の将軍は、薄らと上品な笑みを浮かべているようだった。
「折角ここまで運んであげましたのに、随分と取り乱しているようで」
「通せ」
 リィドは低い声で言った。杖はいつになく重い。できる限り戦いたくないのが本心である。しかし、将軍は面白い、とでもいうように笑う。
「あなたの目的は何なのですか?」
 リィドは黙っていた。予想外のことが多すぎたのだ。
 リィドは守手に入ってから、ライアルについてのある情報を手に入れた。それは、リィドにとって信じ難いものだった。リィドはその情報の真偽を調べるために、ライアルに直接尋ねることにした。
 しかし、ライアルは変わっていた。それは、一国の領主としての重みの所為だけでは片付けられないものだった。そして、偶に見せる小さな仕草や行動は、情報への核心に近づけるものだった。
 何より、何かに必死だった。それはリィドにも分かった。あの青年だ。リィドは、ライアルは壊れる寸前だということをすぐに悟った。全ての辻褄が合ってしまった。リィドはライアルに直接尋ねる意義を見出せなくなった。
 つまり、リィドは何の目的もなく旅をしていたのである。
「あなたは、あることを問質したかった。ただ、あの青年がいたから、何もできなくなった。予想外だったでしょう」
 違いますか、と将軍は尋ねた。リィドは苦虫を噛み潰したような思いだった。何故知っているのか。妖界王の情報に間違いない。嫌な人だ、とリィドは思った。
 しかし、少し冷静に考えると、すぐに疑問が沸いてきた。将軍は自分に揺さぶりをかけている。しかし、将軍と自分だったら、確実に将軍の方が強いだろう。ならば、何故揺さぶりをかける必要があるのだろうか。
 しかし、リィドのその疑問はすぐに解消された。
「陛下はあなたを所望しています」
 将軍は言った。
「妖界王の駒になる気はない」
 リィドは冷たくそう言い放った。しかし、内心ではかなり動揺していた。リィドは死にたくなかった。この世にそこまで思い残しがあるわけではない。何度も死のうと思った身だ。しかし、自分だけが約束を破るなど、癪なのだ。
 ここまで約束を守り続けてきたのだ。それは間違っていたかもしれない。しかし、それがリィドを救ってきたのも事実だ。
「それに、魔界を裏切る気もないね」
 リィドは魔界を愛しているわけではない。ただ、背負った印には責任を持つ。それは、この印を奪い取った男に約束させられたのだ。氷原の翼として、魔界を愛した男と。
 将軍はあからさまに溜息を吐いた。
「あなたは私には勝てませんよ。あなたは兄に勝てるとは思わないでしょう。私はあなたの兄を殺した男ですよ」
 その時、リィドの中でぐらり、と何かが揺れた。
「兄さんを殺した?」
 リィドは低い声で聞き返した。
「そこまで兄に依存していたとは驚きですね」
 将軍はせせら笑った。
「あなたは何故それほどまでに魔界に執着するのですか」
 リィドはゆっくりと息を吐いた。
 執着。リィドは確かに魔界で生まれ、魔界で育ってきたから、魔界に執着心がないわけではない。しかし、リィドを止めるのは、あくまでも人である。魔界ではない。
 しかし、リィドはそのようなことをゆっくりと考えている暇はなかった。沸々と湧き出す不の感情。リィドは抑える気もなかった。
「あなたは何をするにも目的がないのです」
 目的はあった。リィドは兄を探していた。幼い頃に姿を消した兄をただ探し求めていた。だからこそ、憎悪は増幅する。
「来なさい。妖界城へ。歓迎しますよ」
 将軍は嘲笑した。リィドは自分を、奴隷の様にこき使われる程度の人間だとは思っていない。必要とされているのは、自分の持っている特別な力だけ。今まで努力して身につけてきた、氷の魔法の力ではないのだ。何度目だろうか。リィドはその度に怒りを感じてきた。
 そして、リィドは怒りを感じれば感じるほど、頭の回るタイプだ。
 リィドの中で何かが動き始めた。あの金髪、あの声。リィドの立てた仮定は瞬く間に証明されていく。認めたくないことではある。しかし、リィドはそれを処理できないような人間ではなかった。頭は揺れる。どうしたら良いかは分からない。ただ、見捨てられたということに対して、新たなる憎悪が湧き出してきたことだけは分かった。
 利用されていた。所詮そういうことだったのか。そう思えば思うほど、体は熱くなっていくのだ。
 リィドは将軍を見た。
「僕は力を使わない。四界戦争に、参加するつもりはないよ、兄さん」
 リィドは将軍に冷たく言い放った。兄は生きている。今、目の前にいるのだ。
 将軍、否、ダイはさっと仮面を取った。
「やっぱり、馬鹿にはなってなかったね。安心したよ、フレア」
 仮面から現れたのは、リィドとそっくりの顔だった。優しそうな笑みを浮かべているが、目はぎらりと光っていた。もう、自分の知っている兄ではないのだ。リィドはフードつきのローブを脱ぎ捨てた。短くもなく長くもない白い髪が顕になる。
 空気が一気に収束した。ひんやりとした冷気が流れる。リィドは割れた硝子のような空気を、大きく吸った。

BACK TOP NEXT