Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第四章 澄み渡る星空
漆黒に輝く再会




「寒くならなかったか?」
 何度階段を登っただろうか。ライアルは振り返ってアズサとジェンにそう尋ねた。二人は首を傾げる。
「強い魔力波だ」
 ライアルは高い天井を見上げた。先程から強い魔法が使われているような感覚がしていた。
「将軍ですね。あとは、リィドさんではないでしょうか」
 アズサはそのまま小走りでライアルの横を通り過ぎる。ライアルも再び軽く走り出す。
「急がなくてはいけませんね」
 隣からジェンの声が流れる。ライアルは頷いた。氷の戦い。リィドの実力は素晴らしい。氷の国一の氷使い。その名に恥じない実力が、リィドにはあった。
 しかし、リィドは魔法だけだ。さらに、かなり疲労している。そんなリィドが、ナイフと魔法を操る将軍に勝てる見込みはない。
「将軍は強い。あいつの力だけで敵う相手じゃない」
 ジェンとアズサに悪いと思いながら、ライアルは、足を速めた。将軍と直接対峙したことがあるからこそ、ライアルはリィドの命を危ぶんでいた。

 近い、とライアルは感じていた。何回階段を駆け上がり、罠に対処してきただろうか。真紅の絨毯が敷かれた廊下に、重々しい雰囲気の扉がすらりと並んでいる。ライアルは迷うことは無かった。アズサもそれが分かっていたのだろう。ただ、先頭に立つことなく、ライアルに着いて行くことだけに徹していた。
 一番奥にある扉。ライアルは取っ手に手をかけ、勢い良く開ける。鍵の掛かっていなかった扉は、大きな音を上げて開いた。
 漆黒に輝く美しい部屋。所々にオブジェのように立っている氷の柱。そして、その中で異質な鮮やかなさを持つ鮮血。青黒い空間に散らばる赤は、毒々しい輝きを持っていた。しかし、ライアルはそんなことに気を取られていることはできなかった。
 部屋の中心にいるのは、後姿の将軍と、氷の壁で自分を囲い、片から流れる血を抑えている白い髪の少年。
 ぐらり、とライアルの頭に割れるような衝撃が走った。酷い痛みだ。思わずライアルは膝をつく。ライアル、という声とともに現れたジェンの影。ライアルは、自分よりも命の危険のある少年を助けて欲しかったが、声も出ない。
 にょろりと何かが動いた。
『レメンキレンプロリア、アンフィン。(氷の姫の加護を溶かせ)』
 古代語である。古代語での詠唱は、今の言葉の詠唱を遥かに上回る魔法を生み出す。
 何かがするりと解けていく感覚と共に、視界が明るくなっていく。ライアルはゆっくりと息を吐く。眩しい光に目が慣れない。
「スザク、助かった。ありがとう」
 いくつかの疑問もある。しかし、今、そんなことを考えている暇はない。ライアルは大きく息を吸った。
「お前……フレア、よくもやってくれたな」
 氷の中でも聞こえるように怒鳴り、発生させた雷を飛ばす。それと同時に走り出し、ゆらりと避けた将軍の横を通過する時に、もう一発雷をお見舞いする。将軍がある程度の間合いを取った。ライアルは間髪入れず強い電気場を張る。ライアルがそこまでやってから、フレアは漸く氷を溶かした。
「ライアル? 遅い。もっと早く来てくれないと……」
 言葉は決して強くはなかったが、フレアは安心したかのように、薄らと笑っていた。すぐに、ジェンとアズサが走ってきた。すぐにフレアの怪我の処置に取り掛かったジェンを確認してから、レードを抜き、将軍の方を向く。
 仮面の外している。穏やかに微笑んでいるその顔は、ある人物を髣髴とさせた。面倒なことになった、とライアルは思った。
「お前の兄か。弟なら、責任持って見とけ」
 ライアルは徐々に傷口が塞がりつつあるフレアに言った。フレアは不快そうに返す。
「どういう理屈? それだったら、君は四楼を責任持って見ておけるんだね」
「あれは無理だ。それで、どうするのか?」
 訊きたいことはこれなのだ。ライアルは、フレアが兄に対して並々ならぬ思い入れがあることを知っていた。辛い境遇の中、手を差し伸べてくれていた唯一の存在であった兄を、大切に思っていることを。
 しかし、フレアの返事は意外なものだった。
「ここで、死ぬ気はない」
 フレアははっきりとそう言った。ライアルは目を細める。
「どうなるかは知らないが、良いのか?」
 ライアルは尋ねた。フレアは、何度言わせるつもり、とでも言うかのような表情をした。
「お前は、約束だけは律儀に守るやつだからな」
 ライアルは呆れたような笑みを浮かべる。どうしようもないやつである、とライアルは思った。フレアの、裏切られたと知った時の報復は凄まじい。しかし、辛いのは確実だ。だが、フレアは心を選ぶことが少ない。それが正しいかはライアルにも分からない。しかし、それができる人は限られている。
 そもそも、フレアはそこまで生に執着していなかった。だが、執着するようになったからこそ、守手になったのだ。この魔界で生き抜くために、自分を捨てた。ライアルは鏡のような漆黒に映る自分の姿を見た。
 何のことか、と白々しく言うフレアに、ライアルは言う。
「お前も苦労してきただろう。今更投げ出すのは、癪だ」
 にやりとフレアは笑った。
 ライアルは将軍の方へ体を向けた。将軍は、終わりましたか、と尋ねる。
 勝てる可能性は低い。リリーとカシワがどこにいるのかも分からない。
 美しい漆黒は無機質な輝きを持っていた。

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